17章 入学式翌日の朝
「おはようございます」
お嬢様と共に教室に入り自席に向かっていると、キルス様がにこやかな笑みをたたえて声をかけてきた。
「ごき……、お、おはようございます、キルス様」
ごきげんようと言いかけたお嬢様が途中で言いなおす。
そんな様子を見て、キルス様が苦笑した。
「ごきげんようでも問題ないと思いますよ?」
「でも、学内では皆、使っていないみたいだから。あ、えっと……、みたいですから」
「普通に話していただいて大丈夫ですよ。私はこちらの方が話しやすいだけなので」
(普段のキルス様は一人称が私なんですね。昨日は俺と言っていましたけど。
まぁ、状況に応じて話し方を変えるくらいは普通でしょうか)
昨日の一件でキルス様に対しては少し苦手意識があったが、改めて考えると昨日の件は私が自分の考えを押しつけてしまったのが原因なので、そういった感情を表には出さないよう意識していた。
「本当? じゃ、そうさせてもらうわ。毎日舞踏会みたいに話し方に気をつけていたら疲れるもの」
「そちらの話し方の方が、明るいあなたの雰囲気に合っていて私は好きです」
「あなたって褒め上手ね、お世辞上手、かしら?」
「本心ですよ」
(お二人は楽しく話が出来ているようでよかった)
私は先に席について、教科書などを引き出しに仕舞う。
「おはよう、レオ」
「…………」
キルス様と会話を終えたお嬢様が、レオ様の席の前を通るときに声をかけたが、一瞥することもなく頬杖をついて退屈そうに読書をしていた。
(本を読んだりするんですね、と思うのは失礼でしょうか。普段の振る舞いはともかく王子ですし)
「おはよう」
「…………」
お嬢様はもう一度声をかけ直したが、反応が返ってこないのでため息を吐いて席に座った。
そんな彼女に声をかけるクリフト様。
「おはよう、ミレア」
「クリフト、おはよう。課題は終わった?」
「おう、完璧だ。最強のサッカーチームを作るって書いた」
「全然学園生活と関係ないじゃない」
お嬢様はくすくすと笑った。
学園には部活があるが、運動系は弓道、馬術、水泳、陸上のみ、あとは文化系の部活だ。
この国では球技は一般階級の者の娯楽というイメージが強く、正式な大会などは開催されていない。
「冗談だよ、目立つことして親に連絡でもされたらめんどくせーからな。
ちゃんと学業と部活の両立、とかにした」
「そうよね。やり直しなんて言われたくないから、私も無難な感じに書いたわ」
「無難じゃなくていいなら、なんて書くつもりだったんだ?」
「そうねぇ、カフェメニューの全制覇と新メニューの考案かしら」
「学園生活関係ねぇ、食い意地はってんのな」
「美味しいものは誰だって好きでしょ。そうだ、マリィってすごく料理が上手なのよ、お菓子も料理も」
こっそり聞き耳を立てていたら、お嬢様がこちらを向いて、「ね」と声をかけてくる。
(お二人でお話していただいて、良かったのですけれど)
という思いは顔に出さないよう、気をつけながら返した。
「いえ、上手というほどでは。好きではありますけど」
「そんなこと言っちゃって……。ねぇ、土曜日に寮のキッチン借りられないかしら?
皆にもマリィのお菓子を食べてもらいましょ、私も手伝うから」
「えっと……」
(お作りするつもりでしたけど、お嬢様がメインで作ったことにしようと思っていたのですが……。
この話の流れではあくまでお嬢様はお手伝い、ということになってしまいます)
「いいな。女の子の手作りなんて、皆喜ぶぜ、な?」
クリフト様が隣の席の男性に話しかける。
確か、クリフト様の従者として入学された方だ。
「うん、でも全員分は大変じゃない?」
その方が言う。
「いえいえ、大変ということは。
人数が多いということでしたら簡単な軽食になってしまうのですが……」
私がついそう答えると、クリフト様が、
「全然。というか、作ってなくても女の子から渡されただけで喜ぶ連中だし、
手の込んだものとかは気にしなくていいから」
と手をひらひらさせながら言う。
お嬢様が私の手を両手で握りしめた。
「ですって! 私もマリィと久々に料理したいし、
食べてくれる人がたくさんいた方がやりがいがあるわ」
主にそんな風に目を輝かせて言われては、断れるはずもない。
「分かりました。明日のお昼はこちらで用意しますので人数を教えていただけますか?」
(どうしてこんな流れに……。私はお嬢様とクリフト様お二人分のお弁当を作る予定だったのですが。
さきほど、大変だと答えた方がよかったような)
(でも、大変かと聞かれると、そんなことはないと答えてしまう……、
これはメイドの性なのでしょうか)
(それにしても、まだ本日の授業が開始していないというのに。
もう攻略対象の方三名と話をするなんて流石です、お嬢様)
(お一方は、会話にはなっていなかったですが)
(ラント様は、入学式では離れた席に座っていましたし、
行きの馬車ではなかなか良さそうな感じだったのですが、あれ以降は一言も話をしていません)
(出来るだけ皆さんと接する機会があった方が良いと思うのですが、
何か私に出来ることはないでしょうか?)