14章 攻略対象と忘れ物
授業が終わり、私とお嬢様は学生寮へと移動した。
女子寮と男子寮は別の建物で、校舎を挟んだ反対側に位置しているので、行き来するには不便だ。
ただ、就寝時間の22時より前なら互いの寮に入ることは許されている。
学園の敷地外に出る場合は必ず申請が必要だが、敷地内にいれば寮の門限などはない。
部屋は二人一部屋で、私とお嬢様は同室だ。
外から見ただけでも窓の感覚や、縁のデザインが異なっているため上の階と下の階では部屋の広さや内装が違うだろうと予想できる。
(露光に待遇の違いがあると、争いが生まれそうですが……。仕方ないのでしょうか)
寮の入り口へと歩いているときに、向こうから二人の女子生徒が歩いてきたが、私たちを見るなり……、正確には私たちの制服のリボンの色を確認するなり足を止めた。
ぎこちない笑みを浮かべて言う。
「ご、ごきげんよう」
「ご機嫌よう」
お嬢様は慣れた様子で軽く手を上げて返して通り過ぎる。
背後から「本当にごきげんようって言うんだ」などと、少し興奮した様子で話す声が聞こえた。
リボンのベースカラーは学年によって異なり今年の一年生は紺色だが、ストライプ模様の線の色はクラスによって異なっている。Aクラスが金、B、Cクラスが銀、その他が黒だ。
要は、一般階級の生徒が貴族階級の生徒に無礼を働かないように一目で分かるようになっている。
「ご機嫌ようって、そんなに珍しいかしら?」
お嬢様が首を傾げる。
「お嬢様が普段お会いになる方は、皆様お使いになりますからね」
私たちがそんなことを話していると背後から軽快な足音が聞こえてきた。
足音はすぐに近くなり、背後で音が止む。
「マレディスさん、ちょっといいか?」
(この声……)
振り返った先にいたのは、クリフト様だった。
「寮に入る前に追いついて良かった。これ、忘れ物」
そう言って彼が差し出したのは、ペンケースだった。
「机の上に置いてあったんだ。課題があるから、ないと困ると思って」
受け取りながらお嬢様が答える。
「ありがとう、全然気づかなかったわ。わざわざ走ってきてくれたの?」
「ああ、まぁ運動がてらだから、それは気にしなくて良いんだけどさ。
でも、机の上に置き忘れるって……、結構珍しいよな」
「う……、そうね。気をつけるわ。あなたは確か通路を挟んでお隣の、クリフト様だったかしら?」
(今日は特に話す機会がないかと思っていましたけど、会話が続いていますし、
気も合いそうじゃないですか?)
(私は退散して、お二人に学内のカフェをおすすめした方が良いでしょうか)
「自己紹介でサッカーの話をしていたわよね。私、サッカーってやったことないの。
お母様が、そういったスポーツはやるべきではないと言って」
「怪我したりするからなぁ。俺も女子とはあんまりやったことねぇし。
でも、お前がやりたいなら一緒にやるか。
今週の日曜に学外のグラウンドで人数集めてやろうってことになってんだ」
「いいのかしら。本当に一回もやったことがないんだけど」
「大丈夫だよ。難しくねぇし、当日教えてやるから」
(まぁまぁ! これは凄く良い流れです!
……あ、いけませんね。つい喜びが顔に出てしまいました。
にやにや見ている不審者になってしまいます)
(差し入れをご用意しませんと。
お嬢様に持って行っていただき、私は物陰から見守るとしましょう!)
「じゃあな、ミレア」
「ええ、また明日」
走り出そうとした、クリフト様が自分の靴紐を踏んだよろける。
咄嗟に支えようと腕を差し出すと、彼はその手に捕まりながら、
「お前、忘れてるの気づいてたよな」
私にのみ聞こえるよう小さな声で告げて、ニヤリと笑う。
「…………」
「大丈夫、クリフト?」
「ああ……、悪かったな」
お嬢様に返事した後、私に向かってそう言うので、
「いいえ、大丈夫ですよ」
と、笑顔で返した。
(彼の言うとおり気づいていましたけど、わざわざお嬢様の前で言ってこなくても良いでしょうに)
(後ろの席のラント様が見ていらしたので、届けて下さると思ってあえてお伝えしなかったのですが
私がそんなことを思っているところを、クリフト様に見られていたのでしょうね)
クリフト様は来た道を引き返して行き、私たちは女子寮に入る。
「クリフトって良い人そうよね。サッカーもやったことがないから楽しみだわ」
「日曜が晴れるか、後で確認しておきますね」
今日が月曜なので、日曜日は五日後。
この世界には占いでの八割ほどの確立で当たる天気予報があった。。
風の魔法で雨雲を移動させることも可能だが、天気の操作は許可が下りなければ禁止されている。
寮の階段を上がって四階へ。
寮母さんから受け取った鍵に書かれた番号を確認し、割り当てられた部屋のドアを開いた。
お屋敷にあるお嬢様の部屋の半分程度の広さで、シングルサイズのベッドが左右の壁沿いに一つずつ、ベッドの隣にそれぞれ勉強机、ドレッサーが置かれ、中央にはテーブルと向かい合わせに椅子が二つ。食器棚の中にはティーセットもあるようだ。
部屋の中央にあるカーテンで一応区切れるようにもなっている。
「お屋敷と比べると簡素ではありますが、不便はなさそうな部屋ですね」
私が部屋の様子を確認していると、お嬢様が走って行きベッドにダイブした。
「二人部屋だわ、姉妹みたい。あー嬉しい」
「お行儀が悪いですよ?」
「いいじゃない、誰にも見られていないんだし」
(はぁ、まったく)
お茶の用意をしながら、お嬢様の様子を眺める。
ベッドの上に今日配布されたプリントを広げ、目を輝かせていた。
(これから始まる学園生活に胸を躍らせているのでしょうね。
楽しい思い出を作って、素敵な恋愛が出来るといいですね)
「お茶が入りましたよ。お飲みになりませんか?」
「ありがとう、マリィ。いただくわ」