11章 前の席の二人と担任教師
入学式をつつがなく終え、私たち生徒は各教室へと移動した。
講堂に入る前に、クラス分けと学内の見取り図が印字されたプリントが手渡されている。
お嬢様と私はAクラス。
王族や上級貴族はAクラス、中級、下級貴族はB、Cクラス、それ以外はD以降のクラスとなっている。
従者は主と同じクラスに振り分けられたようだ。
「マリィと一緒で良かったわ」
プリントを受け取ったさいにも言っていた言葉を、再度口に出すお嬢様。
「私は従者ですから、お側にいなくてはサポート出来ませんし」
「従者なんて言わなくていいの。屋敷の人は誰もいないし、敬語で話さなくても良いのよ?」
「そういうわけにはいきません」
「真面目ねぇ」
(役持ちは皆さんAクラスですか。
おそらく、授業中や課外学習中もシナリオが発生するのでしょう)
(ソニア様やナーニャ様と同じクラスなのは嬉しいですが、
本来はまだ仲良くないはずなので、始めの接し方には気をつけなくては)
教室の前に座席表が張り出されていたので、二人で確認する。
二人の席を合わせて一列と数えると、横には四列。縦にも四列。
お嬢様の席は廊下から二列目、前から二列目の左側の席、右側は私だ。
(従者が隣なのは仕方ないかもしれませんが、攻略対象の方が隣の方がよかったかもしれませんね。
その方が話す機会が増えますし)
「マリィと隣だわ! ふふっ、これで授業も安心ね」
「当てられても困らないように、寝るのは止めて下さいね」
「寝ないわよ。隣の席の方が授業中におしゃべりしやすいと思って」
「授業中はおしゃべりしないものです」
「もう、分かっているわよ」
一度拗ねたような顔をしたが、席に向かう足取りは軽く心から喜んでいる様子だ。
(お嬢様が嬉しそうにして下さっているのに、私というものは。先ほどの考えは訂正しましょう。
隣でなくても、交流はあるでしょうし)
彼女の後には続かず、プリントをもう一度確認する。
(前の席は……、レオ様ですか。その右隣がキルス様。
うーん、この二人は逆の方が良かったですね)
席順を見る限りランダムに決められたものではなく、教卓に近い席に身分が高い方が座るようになっている。
(一年間席が替わらない可能性もありますね。
先生が守りやすいように、身分が高い方を教卓の近くにしているのでしょうから)
(全く関係のない方が前の席になるよりは、攻略対象の方の方が良いとは思いますが、
あの二人をこのタイミングで近づけると、喧嘩を始めそうな予感がします)
席に向かうと、案の定お嬢様とレオ様が早速睨み合っていた。
「さっきはどうも」
お嬢様が立ったまま声をかけると、席に座っているレオ様が睨む。
「お前が後ろかよ」
「何か問題でも?」
「その態度が気にくわねぇんだよ」
(これは……、止めた方がいいのでしょうか?
しかし、いがみ合う二人が、ある出来事をきっかけに急接近するのはお決まりですし)
(そうでなくても、私が出しゃばるより、キルス様に来ていただいた方が良いような)
「レオ、先ほど言ったばかりですが、また喧嘩ですか?」
待っていたその人、キルス様がこちらに歩いてきた。
「まだ喧嘩じゃねぇよ」
「私が離れる度にもめ事を起こすのは止めてください。おや……」
お嬢様に気づいたキルス様がにこりと微笑むと、その美しさに離れた場所にいた女子生徒が頬を染めた。
「先ほどの美しい方、同じクラスだったのですね。あなたのお陰で教室が華やいで見えます」
離れていても威力のある笑顔、その上慣れない褒め言葉をもらったお嬢様は困惑しながら視線を泳がせる。
「え、えっと……、あの」
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか。私はキルス=テスタル、メハウェス出身です。
父が騎士団長をしておりまして、他国の文化を学ぶために来たこちらのレオ様の護衛を兼ねて
こちらの国に留学しました」
「護衛なんかいらねぇよ」
低く呟いたレオ様の声は、おそらくお嬢様には届いていない。
「わ、私はミレア=マレディス、です」
「もしかして、東の、海沿いの領地を治めているマレディス公爵のご令嬢ですか?」
「はい、そうです」
「どうりで。何度か観光で伺いましたが豊かで、平和でとても良い場所でした。
やはりお父様がご立派な方ですと、ご息女も凜とした佇まいをしていらっしゃるんですね」
「い、いえ! 私は全然」
「ご謙遜を。これからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
差し出された手を、頬を赤らめながらそっと握り返すお嬢様。
(こんなお嬢様見たことがありません。今後の展開が楽しみです)
席に着くと、前の席に座っていたキルス様が今度は私に手を差し出す。
「キルス=テスタルです、これからよろしくお願いします」
「あ、はい。マリィ=ルメリアです。お嬢様の従者をしています。よろしくお願いいたします。」
彼の手を握ると、先ほどお嬢様に向けた者と同じ完璧な笑みを向けてくる。
(彼は誰にでも優しいのでしょうから、好意を持つ方がたくさん現れそうですね。
不特定多数の方がライバル、ということになるのでしょうか)
全員が席につき、担任の先生が教室に入ってくる。
真っ赤な口紅に濃いブルーのアイシャドー、高いヒールに露出が多めのスーツ。
Aクラスの先生に似つかわしい格好とは言えないが、歩く姿はモデルのようで見入ってしまった。
「こんにちは、生徒の皆さん、私が担任となります。
あだ名はジョリアですので、皆さんはジョリア先生と呼んでくださいね」
(あだ名? では、本名は?)
疑問に思ったが誰も声を上げる者がいないので、私も黙っていることに決めた。
「あら、ちょっと。ここは本名を尋ねるところじゃないのぉ?
普通のクラスなら誰か一人は聞いてくるのに、お坊ちゃんお嬢ちゃんクラスはノリが悪いわねぇ」
シーンと静まり返る教室内。
(もしやと思いますが、この低い声。
ジョリア先生は男性なのでしょうか? 皆さんはどうお思いなのでしょうか?)
お嬢様を一瞥すると、同じくこちらを見ていた彼女と目が合ったので互いに小さく首を傾げた。
「もう、やめてよ、この空気。何? 私がすべったみたいじゃない。
誰も突っ込んでくれないから自分で言うわよ。私はジョン=レクイア。
生物学上は男だけど、心は完全な女だから女として扱ってちょうだい。お手洗いも女用に入るわよ」
(そ、それは許されるものなのでしょうか?)
「何で皆無反応なわけ? 男用に入るに決まってるでしょ!」
教卓を叩きながら、叫ぶジョリア先生。
「お前一人で何言ってんだ。うるせぇんだけど」
レオ様が机に肘をつきながら声を発した。
(先生に対してもその調子なんですね……)
「あらぁ、やっと反応を返ってきたわぁ」
頬に手を添え、うっとりした表情で言った後で、突然レオ様の胸ぐらを掴んで顔を近づけた。
「反応を返してくれてありがとう。綺麗なお顔ねぇ、タイプだわぁ。
で、今言った言葉をもう一度言ってもらえる?」
口調は優しく睨んでいるわけでもないのだが、もの凄い威圧感を放っていた。
「……何でも、ありません」
あの偉そうなレオ様が視線を逸らして敬語になってしまうほどに。
「他にいうことは?」
「すみませんでした……」
「はぁい。ちゃんと謝れる子は先生好きよぉ」
ようやくレオ様から手を離し、教卓へと戻った。
解放された彼は顔を引きつらせている。
「ノリは悪いし金持ち連中は大嫌いだけど、担任に決まっちゃったからにはばっちり指導していくから、
皆よろしくね」
「「「…………」」」
「返事は?」
「「「よろしくお願いします」」」
(さすが、毎年貴族を迎え入れている学園です。
これは、親の地位によって特別扱いはしないという意思表示でしょうか)
(それにしてもキャラの濃い先生ですね。シナリオにもかかわってきそうです)
(化粧が濃いことばかり目立ってしまいますが、目鼻立ちがくっきりしていて美人顔ですし
もしも続編が出るなら、サブ攻略対象になってもおかしくない方です)