0.4 非日常を求めるケモノ
「つまんねえ」
俺の幼少からの口癖だった。
自分で言うのは何だが、かなり捻くれたガキだったと思う。と言っても今も大して変わっていないのだが。
学校、友人、家族……あらゆるコミュニティにおいて俺は人付き合いというものを避けてきた。
人間が怖いとか、対話にトラウマがあるとか、そういった類の話ではない。ただ単純に、誰かといること、何かをすることにこれといった感想を抱いたことが無いのだ。
朝食を食べ、登校し、学校では別段興味も無い話を浴びせかけられ、帰宅し、夕食を食べ、風呂に入り、寝る。
まるで何かにプログラムされた既定行動。固定化された思考パターン、思考ルーチン。
退屈、退屈、退屈。
俺の日常は「消費」という言葉がふさわしいだろう。何かを成し得ることも無く、ただただ無駄な時間を貪り、変わり映えのしない生活を繰り返していた。
教室の窓から見下ろす校庭。授業時間中は人っ子一人いないまっさらな校庭に、もし。
もし、ドシンドシンと地響きを起こしながら一匹の怪獣が現れたなら。
怪獣は俺たちの平穏に来訪するや否や破壊の限りを尽くし、大きく開けた口から放たれる光線で周りの建物を崩していく。黒い鱗で覆われたおぞましい巨大怪獣は、この校舎をも破壊してしまうだろう。突然訪れる、凡庸な日常の終わり。
漫画やアニメだと大体そういうものだろう。そして、俺みたいな何の特徴も無い主人公がひょんなことから美少女と共に壮大な戦いに巻き込まれて、非日常は始まる。
そんな展開がもしあったならとてもワクワクする。でもだからこそ、俺は漫画やアニメを見ない。
フィクションだと分かりきっているからだ。誰かの手によって想像された、シナリオ管理された非日常などは求めていない。そんなものはつまらない。誰にも結末が分からない、およそ俺たち凡庸な人間には想像すらできない展開。そういう刺激が欲しいのだ、俺は。
――ドシン、ドシン……。
そうそう、ちょうどこういう音だ。何も無い校庭に突然、魔法陣が浮かび上がって。創作物でよく見るやつだ。まるでリアルな情景が目の前に映る。うんうん、そんでもって魔法陣があんな風に強い光を放って、そこから巨大怪獣が召還されて……。
「……魔法陣?」
眩い光を放ちながら校庭に浮かび上がる謎の紋様。日頃から続けている妄想の甲斐があったのか、ついにファンタジーを具現化する程度の能力を得たのか。
いや、そんなわけあるか。目の前にあるの、本物だよな。本当に? あんなものが出てくるなんて馬鹿げている。どういうトリックだ。
だが、なんとなく、直感で。あれは俺の日常を破壊するに値する代物だ。いったいあの魔法陣は俺にどんな非日常をもたらしてくれるのだろう。
机に頬杖をつきながら校庭の一点をボーっと見つめていると、不意に強い眠気が襲ってきた。ああ、折角こんな面白そうなものを見つけたのに。俺の脳味噌には刺激が足りなかったか?
耳に流れこんでくるのは複雑な数式の証明過程。あ、これは教師の声か。小さな非日常を前に薄れ行く意識の中で、俺は眠気に抗うこともできず小さく呟いた。
「ああ、つまんねえ……」




