トロールはよく燃えます
太陽が登ると、トーヤコ一帯は強力な魔物で溢れる。身体中から酸を吐き出すイノシシや、テレポートが使える熊のような魔物、それ以外にもなぜかやたと強い兎なんかがいる。ただし、いずれもトロールにとっては格好の食材として見なされている。
「キューキュー」
「・・・」
アスナロは造作もなく手に持った鉄製の大槍を振るうと、目の前に現れた前兆1mはあろうかという大兎の頭がひしゃげた。2人は窪地で夜を越したあと、装備を整えると朝早くからすぐに出発したのだった。エンジュの体は石化が解け、ヌルマユに浸かったおかげか年相応の体つきになっており、手も足も健康そのものであった。それこそがこの泉に死をも恐れずに、人が集まってくる由縁である。
アスナロはのお気に入りは、大柄の戦士が使っていた全長3m程の槍だ。刃こぼれも気にせずそれをブンブン振り回して魔物を”潰す”。最初の小一時間は、魔物が現れるたびに驚いていたエンジュも今ではすっかり慣れてしまっていた。
「ピギィィ!」
「・・・」
目の前でイノシシの魔物の頭部がぺしゃんこになった。
「昨日からどうして、私が生き残ってお父様が死んだのかー」
「グララア!」
「・・・」
「私を治すと父が決めた時どうして止めなかったのか、ずっと考えていました。」
「キューーー。」
「ピギィィ!!」
「グラララアア!!」
「・・・・・・・・・・。」
「でも、決心が着きました。父は命に代えても私を生かそうと試みたのです。ですから私も、命をかけて代わりを務めると。父の大切にしていたトワダの街、今後はこの私が守ります!」
「「「「キュゥピギィィラララアア!!」」」」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・さっきから魔物多すぎませんか?というかなんか一体化してませんか?」
アスナロはところどころをす爪や酸で損傷しながらも、周囲を包囲する数10体の魔物相手にひるむことなく、槍のような何かを振るっていた。そして正直それで十分であった。
風向きが変わったのはヌルマユをはるかに見下ろす山頂付近に来た頃のこと。
「おや?こんなところで人間とは珍しいですね。ちょうどいい、腹ごしらえとしますか。」
山頂には人語を話す羽の生えた漆黒の魔族がいたのだ。魔族のもつスキルは人間ほどではないにせよ多種多様で固有なものが多い。そして知能と身体能力が高い。一説には魔法に長けた一族が魔獣と禁忌を犯した末裔だと言われている。社会性は薄く、幼少期から1人1人が個々に過ごすらしい。あるものは人間と暮らし、あるものは人間を狩って暮らす。これらは全て熟練冒険者のエルドラドの日誌の情報をまとめたものだ。そして彼の本いわく『成人した1人の魔族には最低でもA級冒険者が5人必要だ。』とのことだった。
「ふが!(まじかよ、人間がうまいのは共通認識かよ!)」
「なんだ、手前のやつは随分と小さいですが、トロールじゃないですか!人間に協力するなんて、これはまた随分珍しいですねえ!」
エンジュがアスナロの陰に隠れると同時に魔族が動く。アスナロがとっさに振った槍を容易に躱した魔族は指先をパチン・パチンとリズミカルに鳴らした。
「ホォ ホォ」
魔族が何かを口にしたとたん、一瞬にして猛り狂う炎柱がアスナロを包んだ。
「アスナロさん!」
魔族は炎につつまれたアスナロには目もくれず、すぐさまエンジュの首元に手をかけ、不敵な笑みを浮かべる。
「私はトロールみたいに野蛮な食べ方はしませんよ。こうして人語を話すのだって、最後まで楽しむためです。そう、生きたまま、会話しながら、半焼けになったあなたの四肢をー」
魔族のよだれがエンジュの顔にかかる直前、赤熱した槍が魔族の顔を貫いた。
「ふんぐふんぐ!(回復すると言ったって、直火は熱いって!)」
頭の大部分を失った魔族の体がぐにゃりと地面に崩れ落ちると、アスナロは煙たい体を手で叩いてエンジュに駆け寄る。エンジュはすぐさま、後ろを指差した。
「dfouou@、、、噂に聞く通り、トーヤコのトロールは丈夫なようだ。でもね、私も中々・・・。」
魔族の頭部は燃え盛りながらみるみるうちに、再生していく。そして再生と同時に立ち上がるや否や、間髪を開けずにアスナロにつかみかかった。
「これなら・・・満足してもらえますかね?」
魔族は両手をアスナロの肩につけると、突然に脱力し体を左右に震わせた。
「ホア ジィエホア」
「???」
その刹那、莫大な魔力が魔族とトロールの間に渦巻き収斂し、一筋の光が空間を縦に引き裂いた。光の筋から溢れる熱量は意思を持つかのようにアスナロの身体に絡み付くと、それは音もなく触れた箇所を蒸発させた。
「お味はいかがです。・・・風味絶火でしょう?」
「アスナロ・・・?」
一瞬の出来事だった。一瞬で光に包まれたアスナロは、殆どが跡形もなく消えた。かろうじて残ったのはくるぶしより下の足と先程まで身に付けていた衣服そして槍ばかりだった。不思議なことに火のような熱量を持ったなにかは、体だけを消失させた。
エンジュが慌てて駆け寄るのを魔族は高笑いしながら見下す。
「可愛いペットが足跡だけになっちゃいましたねぇ?」
炎の筋はエンジュには目もくれず残りの足に食指を伸ばすところだった。エンジュが慌てて足を抱えると、炎はエンジュの手の隙間を縫うようにそれを追いかけついにエンジュの手の中で質量が不意に消えた。
「所詮は醜いトロール。大した取り柄のない魔物が知恵を着けたくらいで魔族に勝てるはずがありませんよ。」