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トロールとお嬢様とそれ以外



「・・・・んご!(・・・・死ぬかと思った!!)」


白い結晶の中で息を吹き返したトロールは自信を包む白色の結界を口を使いながらどうにか一部ずつ砕いていった。術者がいなくなってせいか結晶は成長せず、数分の格闘を経て晴れて自由の身になってみると、傷口はおろか、胸元には痛みもすらなく元どおりになっていた。



「ふんがぁぁ!(ぐわわあ、あの人間許さぁぁん!)」


トロールが周りを見渡すと、日が落ちたトーヤコは全てが暗闇に包まれ、何も見えなかった。

トロールは夜目が効かない、しかし”ヌルマユ”のある方向は匂いでわかる。彼らも当然そこに向かったのだろうと判断したトロールは、猛スピードでそちらへ向かった。他のトロールに食べられる前に憎き槍兵を手ずから倒すためだ。


「ふんが!ふんがふんがぁ!(あの野郎、僕がトロールだと思って舐めやがって!こちとら好きでもないのにトロールに生まれ変わってむしゃくしゃしてんだよ!僕だって本当はー)」






「ふんがああああ!!!!(人間が良かったんだ!!!!)」



 普通のトロールは巨躯の割りに短い足の生で、走るスピードは馬に比べれば遅い。しかしこの小柄のトロールはりんごばかり食べていたせいもあり、走ることに長けていた。胴長の体を必死に揺らし、湖の麓に着くまでには1時間とかからなかっただろう。しかもその間を全力疾走し続けられることの異常さに、当のトロールは気づいてなかった。



「ん!ふんが・・・。(いる!人間の匂いだ。槍のやつは・・・)」




 その頃には低い高度に現れた大きな赤い月が湖に反射し、二重に世界を赤く染めている。トロールが本能の赴くままにたどり着いた場所には一切の静寂以外に何もなかった。人間はおろかトロールさえも鳴りを潜め、道端や大樹の影で寝ころがるものが大半であった。


しかしトーヤコのトロールの嗅覚は鋭いため、小柄のトロールが着ているマントの匂いに反応にしてこちらに気づくものが複数いた。それも、月に照らされ、ましてや近づいて香るトロールの匂いに気づくとまるで興味を失った。小柄のトロールは一切を気にせず足元に落ちている槍を手にとると、地面に突き刺した。


「ふがふが。ふがんが。(結局そうさ、ここに来た人間は死ぬんだ。せめて、一発殴り飛ばして・・・僕はそれだけで良かったんだ。)」



「・・・んがあ!(くそ・・・後味わるいなあ!!)」



小柄のトロールが周りを気にせず雄叫びをあげる。それでも付近のトロールは指先についた夕飯の余韻を名残惜しそうに舐めずることに専念するばかりであった。



「ふぐ?(そういえば、あの馬車にはなにが入ってるんだ?)」



トロールの目先には湖のすぐ手前で、小さくも丈夫に作られた馬車が止まっているのが見えた。それは決して華美な装飾が施されてはいないが、堅牢に作られ、結晶や金属によって守られていると言った風情の綺麗な馬車であった。不思議なことに他のトロールには全く荒らされていない。


「ふんぐふんぐ。(手が付けられていないということは、中身は宝石かなんかなのか?)」


{ガリ}


トロールが馬車に気をとられ、うっかり足元の何かを踏み潰してしまった。見ればそれは小さな筒状の入れ物で、昔みた”水戸黄門”の印籠入れを彷彿とさせるものだった。そんなことを思いながら一瞥して、無造作に拾い上げるとローブのポケットにしまった。



「ふんご?(なんだこの石の人形?)」



触るとピリピリする不思議な幌の中にあったのは、鮮やかな常磐色の服に身を包んだ灰色の人形だった。愁うように固く閉ざした目元と、石とは思えない作りの細かな髪の描写は官能的でさえある。



「ふんが!ふんが!(なんて細かな作りの人形なんだ!ああ、こんな風に人間の女性の顔を見たのは何年振りだろう!)」



トロールが月明かりを頼りに人形を隈無く調べようと手を伸ばす。するとその時、視界の端に謎の黒い”バツ”印が浮かんだような気がした。驚いて身を引くとそれは消え。再び手を伸ばすと、その印が人形の周囲を覆うように現れた。



「ふんごー!(まるでアニメで見た結界みたいだ!)」



それに興奮したトロールは謎の結界に触れた途端、指先が消えた。そして同時に人形の反対側、触れた位置から結界を貫くようなポジションに空から現れた。指先を動かせば、不思議なことにそれは結界をまたいでもきちんと繋がった体の一部として機能した。



「ふがふが!(すごいなあ、なんだよこれ、バグってんじゃん!)」



まさしくゲーム中でバグったかのように結界に触れた面は、異様に引き伸ばされ動きに合わせて変化しているように見える。そうしているうちに、トロールはもう一つ不思議なことに人形の体の違和感に気づいた。手に対して足は短く小さく、いうなれば下半身は子供、上半身は大人といった雰囲気であった。それはさも足先から段階的に成長して以下のようだった。



「ふんごり?(こっちの人はこういう人形がすきなのか?)」




うっかり前のめりになりすぎたトロールは、足元に広がる赤い血溜まりにぬかるみに足を取られて、滑るように転んでしまう。勢い余って手をついた衝撃で、馬車を湖の中へと突っ込んでしまう。腐ってもトロールは力が強いのだ。


「が!ふんが(しまった!人形が水に濡れてしまう!!)」


慌てたトロールが急いで、馬車に向かう。ヌルマユに半分浸かったところで馬車は減衰し、緩やかに止まった。幌を切り裂き中から石の人形を拾い上げようとするも、結界のせいで人形に触れることができない。仕方なく馬車ごと引っ張ろうとした時、突然に声が聞こえた気がした。


「・・・嘘ついていたの・・・。」


「ふが?(人間の匂い?)」


馬車を引く手を止めて、匂いの方向を探る。それは明らかに幌の中から香って来ていた。驚くよりも早く布をめくると、そこにいたのは褐色の肌に銀色の髪をした女性・・・先ほどの人形とそっくりの顔をした女性だった。手足もじょじょに肌の色を取り戻しつつあった。


「え、私・・・体が・・・お父様!おと・・・トロール?・・・トロールっ!!」


振り返り、月明かりに照らされた醜悪な造形に、女性は明らかに動揺した様子だ。トロールの方も突然のことに声が出ない。もとより表情の薄いつるりとした顔立ちではあるが、いつにも増してマヌケヅラになっていた。


「去りなさい!」


女性の手からはどこから出したのか、刀身の細いナイフが握られていた。それがまっすぐ突きつけられたのはトロールの目、マヌケヅラをするトロールの左目だった。


「ふがっ!ふがふが!(イッタ!!すぐ治るけど、痛いなあもう!)」



トロールは造作もなくそれを抜き取ると、ぽいとヌルマユに捨てた。痛みに苛立って、馬車を力いっぱいに掴むと、めきめきと音をたてて車輪を支えていた金属がひしゃげた。



「そんな・・・ここまで来て、やっと病気も治って、なのに・・・ああ、お父様!お父様はどこ!」



トロールはハッと驚いたような顔をすると、突然きょろきょろと周りを伺いはじめた。



「わたしまだ、何も・・・返せてないのに・・・ああ・・・どうしてなの神様・・・。」


「ふんぐ・・・。(まずいなあ・・・・。)」


トロールが手を伸ばすと、エンジュはとっさに爪を立てて皮膚に食い込ませた。それもほとんど効果がなく、帰って爪が禿げる痛みに襲われるばかりだった。最後までジタバタと暴れるエンジュを強引に担ぐとトロールは一目散に湖を抜け、山の奥深くに向かって走り出す。



エンジュの目には、遠ざかる湖、うごめく巨岩のような影、そして真っ赤な2つの月が映った。ところどこで月のひかりを反射させるのは、見覚えのある服装や武器、そのなかには女性の父親のものである杖もあった。


「ああ、お父様・・・。」


「ふんご・・・。(早く逃げないと・・・。)」


トロールと女性の周囲には100近い黒い影が蠢いてた。




つづきはまた明日!

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