トロールの里には今日も人間のお客さんです(生肉)
トロールの里に文化と呼べるものは殆どなく、気ままに狩猟し、番を作り数年に1度子を産み、簡易的な住処を作る。そして子は成人と共に独り立ちするというわけだ。いくら、”野蛮”なトロールとはいえ、基本的には一夫一妻制だ。これはおそらく、トロールがほとんど性欲をもっていないせいだろう。つまり、トロールである僕からしても、正直どのトロールも見分けがつかない。まして服も履かないため、もはや恋やファッションとは無縁の世界なのだ。ちなみに期待されるほど”ブツ”は大きくないため、歩いていても邪魔にはならない。
このトロールの里”トーヤコ”はそんなわけで今日もとても平和だった。
「じぃじ!(ご飯できたわよ)!」
「ふごっ。(いらないよ母さん)。」
「ずず!ずじず!(何言ってるの!食べなきゃ大きくなれないわよ!)」
「ふごふご。(僕、生の人間の肉は嫌いだってば。)」
「ずずず!じじじず!(あんたって子は!人間の肉は美味しいのよ!)」
「ふが・・・。(いや、気持ち悪いから・・・。)」
今日の夕食は人間の刺身だ。臭みが強く食用に向かない大腸〜直腸を除いてほとんどの部分を食べることができる。主に可食部は脳みそ、脂肪、筋肉、内臓などだ。人間は骨が太く、肉が少ない割に、内臓の比率が多いため、切り株の上には大小様々な肉塊が並べられていた。もはや判別は付かないが、髪の長さから女性だろう。
「ふごりふごり・・・。(どうせ生まれ変わるならせめて記憶消してくれればいいのに・・・。)」
「ずじじ!ずじずじ!(なに一人でぶつぶついってるの!せっかく山間で見つけてきたのに!)」
天外魔境の地に人間がいるなんてのはおかしいと思う人がいるかもしれない。おっしゃる通り、ここトーヤコの里は最も近い人族の国”ムツ”からでさえ遠く離れている。むろん、そんなことはトロールの我らが知ったことではないのだが、冒険者のもつメモに書いてあったのだ。『とうとう・・・とうとうたどり着いた。ここが命の源泉。王都を逃げ出してから10年、遂にあの輝かしい日々を取り戻す日が来た。俺を追放したあの国王もろとも根絶やしだ。』とは熟練冒険者エルドラドのメモ書きだ。エルドラドは先月同じく、この切り株の上に”並べられて”いた。その道の途中には、およそ人族には耐えられない過酷な環境が広がる。強力な魔物、予測不可能な自然災害。。それでも、どうにかこうにかここトーヤコの里に来る人間は後を絶たない。何故ならここには・・・
「んがああ!ふんがああ!(今日の湯は一段と最高だったぞ!なんだ今日は人間じゃないか!)」
トーヤコには”ヌルマユ”と呼ばれる、不治の病、四肢欠損はおろか、若返り、死者をも蘇生させる巨大な温泉があるのだ。否、トロールがこの大きな温泉湖の周辺に生息していると言っていいだろう。とかく、人間たちは様々な思惑でこの泉まで来る。もちろん、獣族や竜族、魔族とよばれる者たちも時よりここに来るが、トロールが彼らに意識を向けることは滅多にない。なぜなら彼らの多くは・・・”美味しくない”のだ。
「ふご!(りんごをくれよ!)」
「ずじじ。じぃ。(ほんとあんたはりんごが好きねぇ。誰に似たのかしら。)」
こっちの世界にもりんごがある。ただし侮るなかれ、その大きさは人間の頭くらいもあるのだ。味は大味だが、初めて父トロールが持ち帰ってきたりんごを見たとき、0歳にしてトロールの生活に馴染めなかった僕はあまりの嬉しさに三日三晩離さずに寝たくらいだ。今では林檎しか食べないせいで、10歳になる僕の体は成人男性並の大きさしかない。5歳下の妹と比べても半分の大きさだ。
「ひじ。ひん。(兄さん。邪魔。)」
「ふごぉ!ふごうぅぅ(お前なあ兄さんにむかって・・・うわあああ!)。」
少し押されただけで僕は軽く吹っ飛ばされる。これが質量の違い、もとい食した獲物の違いだ。
僕はふてくされるように林檎をかじると、そのまま、母が人間を狩ってきた場所に向かった。