008:声無き村
その村の雰囲気は、どこか異様だった。
住居らしき建物はいくつもある。
素朴な印象だが立派な作りの木造建築。雨風を凌ぎ、日々を暮らすには十分だろう。
窓にはガラスではなく、硬質な半透明の石らしきものが嵌め込まれている辺り、文化や素材の違いはあれど、加工技術が高いことは間違いないはずだ。
「すみませーん! 誰かいませんかー?」
美咲ちゃんが適当な家のドアをノックして、声を掛ける。返事はない。隣の家へ。
それを五回ほど繰り返したが、どの家からも返事はなかった。
余所者の俺たちを警戒して居留守を決め込まれている、というわけでもなさそうだ。
木造の壁一枚挟んだだけなら、それぐらいは気配でなんとなくわかる。
「人が、いない……?」
思わず、俺は呟いていた。
まだ昼間だと言うのに外には誰もおらず。
家の中にも人の存在が感じられない。
――廃村。廃墟。廃屋。
そんな単語が脳裏をよぎるが、それにしては妙だ。
俺は外側から窓越しに屋内を覗き込む。窓枠には蜘蛛の巣ひとつなく、中に見える机や椅子などの家具にも埃が積もった様子はない。
廃屋にしては綺麗すぎる。
つい最近も掃除した形跡が見えるのだ。
ここが廃村だとしたら、それは明らかにおかしい。
「……むむむ」
俺はしばしの間、足りない頭で考える。
この奇妙な状況に説明をつけるには――
「――そうか。わかったぞ! この村は透明人間の村だったんだよ!」
「な、なんだって――!?」
「バカじゃねーの、オマエ」
美咲ちゃんは乗ってくれたが、ギンコは辛辣だった。
なんだよう。そんな冷たい目付きしなくてもいいじゃんか。
場を和ませようとしただけなのに。
「どうした、ギンコ。なんかこの村についてからイライラしてないか?」
「ああっ? ……いや、そうだな。悪い」
綺麗な銀髪を乱暴にかきむしり、ギンコは息を大きく吐いた。
そんなギンコに、美咲ちゃんは声を掛ける。
「どしたの、ギンちゃん。お腹でも空いたの? あたし、バナナ持ってるよ。食べる?」
「ちげーよ。腹は減ってるけど。ばななも食べるけど」
あ、食べるんだ。
「はい、どーぞ」
「おう、さんきゅ」
美咲ちゃんがリュックから取り出したバナナを受け取り、大口を開けるギンコ。
「……たまにゃ果物もいいな」
美味しかったらしい。
「ギンちゃんギンちゃん、その顔可愛いから写真撮っていい? せっかくだから」
わかりやすく表情が柔らかくなったギンコにスマホを見せ、同意を求める美咲ちゃん。
彼女なりにギンコの気を紛らわせようとしているようだ。
「なにがせっかくなのかわかんねーけど、好きにしろよ」
「やった。ありがと、ギンちゃん!」
「あ、ふらっしゅはダメな。オレ、あれ嫌い」
「はーい。じゃ、撮るよー!」
カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ!
まさかの十連写だ。しかも手動だった。
「ふふ、ふふふ! これであたしのギンちゃんフォルダにまた一枚追加されたよ!」
不気味な笑みを浮かべ、写真を保存する美咲ちゃん。
一枚どころじゃないんですが、それは。
「ほら、想護くん見て見て! やばくない? ギンちゃん、超可愛くない!?」
美咲ちゃんが今保存したギンコの写真を見せてくる。
うん、確かに可愛く撮れていた。
「ああ、いい写真だな。可愛い」
「でしょでしょ! 後で送るね!」
そりゃありがたいけどさ。
美咲ちゃん、もしかして忘れてないか。
ここは異世界だから、当然のように電波飛んでないんだけど。
「じゃ、ギンちゃん。次は少しセクシーな感じのを……痛っ!」
ギンコの方に向き直り、そんなことを言い出した幼馴染の後頭部に俺は手刀を落とす。
わりと強めに。
誤解しないで欲しい。俺が美咲ちゃんに乱暴を働くのは彼女が暴走したときだけだ。
「なにすんの、想護くん」
「なにすんのはこっちの台詞なんだけどな」
「いや、でも、想護くんだってギンちゃんのセクシーショット欲しいでしょ!?」
欲しくねえよ。
見た目八歳かそこらだぞ、ギンコ。
そもそも、ここで欲しいって言ったら大抵の女子からの好感度下がるとこだろう。
美咲ちゃんの場合、下がらないのかな。
……下がらないんだろうなあ。
むしろ上がるのかもしれない。
「違うんだよ、想護くん。君は勘違いをしているよ。あくまでもほんの少し、ほんの少しのお色気をね」
「駄目です。うちのギンコ、そういう仕事受けてないんで。清純派で売ってるんで」
「くっ、この敏腕プロデューサーめ! ギンちゃんのキャラで清純派は無理あるよ!」
誰が敏腕プロデューサーだ。
悪口になってないし。
「おいこら、みさき。オレになにが無理だって? よくわかんないけど喧嘩売ってんのかオマエ」
あ、神様が怒った。
さっと美咲ちゃんの後ろに回り込む。
なにする気だろう、と思った次の瞬間。
ギンコは思いっきり美咲ちゃんのスカートをめくり上げ――って、おい!
「あっ、ちょっ! ギンちゃん、ダメダメ! さすがにそれはあたしでも恥ずかしいっ!」
「ほれほれ、ほれほーれ」
「あははっ! 太ももくすぐんないで! ダメだって! 見てる! 想護くん、見てるから! あは、あははっ!」
「神をバカにした報いを受けろー! けけけ!」
紺色のスカートが何度も何度も、ギンコの手によってめくり上げられる。その度に本来見えてはいけない淡いピンク色の布地と健康的な太ももが晒され、俺の視界と思考を侵略する。
思春期男子の理性が本能を上回るまで、少し時間を要した。
しばらくして、俺はなんとかじゃれ合うふたりから目を反らし、言う。
「や、やめろよー。ふたりともー」
なんだろう。
自分で言うのもあれだが、なんだかとても白々しかった。