007:あの日の夕焼け
「見ろよ、そうご。あれ、村じゃねーか?」
彼女の指差す方を見ると、確かにそれらしき建物の群れが視認できた。
あの一際目立つ背の高い建物は、なんだろう?
十字架はないが、教会かなにかだろうか。
「お、本当だ。さすがギンコ。ナビ、バッチリだな」
「ふふん、よく言った。その敬意に免じてぴーまんの命は助けてやろう」
「それ、ジョークじゃなかったのか……」
なにはともあれ。
これで、ようやく人と接触できそうだ。
「……ん、あれ? ギンちゃん? リュック持ってどうしたの? 今日ってピクニックにでも来てたんだっけ? てか、なんであたしおんぶしてもらってるんだっけ? あれぇ?」
おやおや。
どうやら、いいタイミングで美咲ちゃんもお目覚めらしい。
「おー、みさき、起きたのか。まだ半分寝ぼけてるみてーだけど」
「おはよう、美咲ちゃん。もう少しぐらい寝ててもよかったんだぜ」
「あ、うん、おはよ……あれー、おかしいなぁ。あたし、さっきまで異世界で無双して美少女ハーレム作ってたはずなんだけど」
「「……………………」」
目覚めての第一声が、それか。
人の背中でなんて夢を見てるんだ、この幼馴染は。
イケメン逆ハーレムじゃなくて美少女ハーレムを作ってる辺りが最高に美咲ちゃんらしい。
自分もポニテ美少女のくせに。
「……異世界ってことだけは合ってるよ、美咲ちゃん」
「え、じゃあ、とりあえずステータスの確認を――」
「すみません、お客さん。そのくだりさっきやったんですよ」
「なー、そうご。もういいから、みさき落っことしちまえよ。そうすりゃ、さすがに起きるだろーよ」
ギンコがめんどくさそうに提案してくる。
俺も相手が美咲ちゃんじゃさえなければ、同意していたかもしれなかった。
◆ ◆ ◆
かくかくしかじか。
と、美咲ちゃんが寝ている間にわかったことを端的に報告した。
まあ、たいした情報量じゃないけども。
「ふんふん、やっぱりここは異世界で、たぶん言葉も通じると! おっけー! 完全に把握したよ!」
「そーかそーか。よかったな」
「ついでにあたしにはステータスもチートもないって残酷な現実もね!」
「そーかそーか。残念だったな」
「ギンちゃん、反応が冷たい! ――あ、想護くん、もういいよ。自分で歩けるから」
「そうか? 俺は別に構わないんだけど」
「甘やかすなよ、そうご。癖になるぞ」
ギンコがオカンみたいなこと言い出した。
「よっと」
美咲ちゃんは軽い調子で、俺の背中から降りると正面に回り込んでくる。
にこーっと俺の大好きな笑顔を浮かべる美咲ちゃん。
「おんぶ、ありがとね! 想護くん!」
「……どういたしまして」
ああ、俺の幼馴染可愛いなぁ。
この笑顔、待ち受けにしたい。
「さて、迷惑かけた分こっからはあたし頑張るよー! なにを頑張ればいいかはわかんないけど! とりあえず荷物持ちからかな。あ、ギンちゃんリュック貸して? あたし持つから」
「お、おう。急に元気だな、みさき」
「そりゃもちろん。たっぷり寝たし!」
いや、そんなに寝てないはずなんだけどな。
せいぜい一時間弱ぐらいだと思う。
元気だなぁ、美咲ちゃん。
「さぁ、村に急ごう! 異世界美少女があたしたちを待ってるよ!」
二人分のリュックをギンコから受け取り、先頭切って美咲ちゃんは歩き出す。
ステータスやチートは諦めても、美少女との邂逅だけはまだ諦めていないようだった。
「なぁ、そうご。みさきは、なんでこうなっちゃったんだ?」
「たぶん、中学の時にギャルゲにハマったからじゃねえかなぁ。――昔から女の子が好きだったには違いないけど」
「オマエ、昔から苦労してたんだろーな」
「……そうでもないよ」
ふと思い出す。
それは、俺たちがまだ小さかった頃。
今日とは逆に、俺が美咲ちゃんにおんぶされていたあの頃の夕焼けを。
いじめられっ子だった俺を、いつも助けてくれた幼い背中を。
やることは滅茶苦茶だったけど、家族以外で初めて俺という存在を肯定してくれた少女の笑顔を。
大切な幼馴染との想い出を。
思い出して、微笑んだ。
「俺は昔から美咲ちゃんが好きだからな。苦に感じたことなんか、なんにもないさ」
そうギンコに耳打ちし、俺は美咲ちゃんの背を追う。
「……甘ぇなぁ」
くくっ、と後ろで神様の笑い声が聞こえた。
「ちょこよりも甘ぇーよ、オマエ」
どこか好ましげな、そんな声が。
ああ、そういや犬ってチョコレートに限らず、わりと甘いの好きらしい。
狼も、きっとそうなんだろう。
◆ ◆ ◆
そして、俺たちはついに村へとたどり着く。
そこで待ち受けていたのは――