006:神の食べ物
「あっちの方から人の匂いがするな」
「そっか。じゃ、のんびり行こうぜ」
とりあえず、再び現地人を探して歩き出す俺たち。
先程までと違い、ギンコの嗅覚ナビがあるので闇雲に歩く必要はなさそうだ。
ちなみに美咲ちゃんはいまだに俺の背中で熟睡中である。
よく眠れているようでなにより。
睡眠不足は身体に悪いからな。
ああ、あと俺たちのリュックだが、ギンコが片紐ずつ肩に掛ける要領で二人分背負ってくれている。
小さい身体でパワフルな娘だ。
本当に頼りになる。
「ところで、ギンコ」
「なんだ、そうご」
「やけに色々知ってるようだけど、この世界――《ウルドガルド》だっけ? 前に来たことでもあんの?」
「んー、ああ……前に、な。あのくそったれな神社に封印される前の話だよ」
チョコレートのパック片手に、つまんなそうに吐き捨てるギンコ。
あんまり触れられたくないところらしい。
「悪い。嫌なこと思い出させたか?」
「別に。オマエが謝るこっちゃねーさ」
気にすんな、と言いながらストロベリー味のチョコレートを口に放り込むギンコ。
「うん、これも美味ぇな」
「新発売だけど当たりだったみたいでよかったよ」
「おう。でかしたぞ、そうご。ほれ、口開けろ。オマエにもひとつやるよ」
「サンキュ」
ま、元々俺が買ったやつなんだけど。
せっかくの神様からの賜り物だ。
ありがたく頂戴することにしよう。
「ほれ、あーんしろ」
言われた通りに口を大きく開ける俺。そこに正確に放り込まれたのはシンプルなミルクチョコレートだった。
軽く噛んで溶かすと、どこか安心する甘さが口内に広がる。
「美味いな」
「美味ぇだろ」
「でも、ギンコ。いくら美味くても一度に食べ過ぎるなよ。本当は犬にチョコレートって毒なんだぜ」
「アホめ! オレは狼だ!」
知ってるけども。
「けどよ、狼もイヌ科だろ?」
「舐めんな。オレはそこら辺の狼とはレベルが違うんだ。なんせ神だからな」
「神なのも知ってるけどさ――ああ、そういやカカオってラテン語で神の食べ物って言うらしいな」
「え、マジで!?」
「それは知らねえのかよ、神様」
普通にびっくりしてた。
いやまあ、雑学の部類だし、知らなくても無理はないんだが。
この娘の場合、俺の知らない雑学を知っているパターンが多いから少し意外だった。
「なんかスウェーデンかどっかの偉い人が名付けたんだとさ。学名だったかな?」
「へぇー。よく覚えてたな、そうご」
素直に感心されてしまった。
ちょっと照れる。
「ってことはだぞ、そうご。やっぱり、ちょこはオレにふさわしい食い物ってことだよな」
「ん? まあ、そうなるかな」
「なら、やっぱりたくさん喰った方がいいよなぁ?」
「いや、その理屈はどうなんだろう……」
万が一のことを考えると、個人的には食べ過ぎないで欲しいところだ。
さすがに中毒死はしないだろうが。
普段からこの神様はお菓子食べてばかりだから心配になる。
「大丈夫だって、オレはたまねぎも喰えるんだから。ぴーまんは喰えないけど」
「ギンコってさ、本当に人間の子供とおんなじ味覚してるよな」
「失礼なやつだな。じゃ、そうごはぴーまん喰えるのか!」
「食えるよ。つーか、おまえ、こないだピザトーストに乗ってたピーマン俺に食わせたじゃねえか」
「……ぴーまん喰えるくらいで調子に乗るなよ、人間め!」
「乗ってない乗ってない。調子に乗ってないです、神様」
なんか理不尽な逆ギレを食らったが、ギンコも本気で怒っているわけじゃなさそうだ。
聡い娘だから、俺が彼女の健康を心配していること自体は理解しているのだろう。
最後にひとつだけ頬張ると、ギンコは「ぴーまんがなんだってんだ」とぶつぶつ言いながらチョコの袋を俺のリュックにしまいこむ。
いや、そもそも、ピーマンの話を持ち出したのはギンコの方なんだけど。
なんで最終的にピーマンに怒りを感じてるのだろうか。
「……いつか滅ぼしてやるぞ、ぴーまんどもめ」
この銀髪幼女、なんか物騒なこと言い出したぞ。
「やめろ、ギンコ。そうなったら俺はおまえを止めなくちゃならない」
「そうご。オレたち、友達だろ?」
「友達だから間違いを止めるんだろう」
「どうやら、オレたちはいずれ戦わなくちゃならないようだな」
「その日が来ないよう祈ってるよ」
さすがにピーマンが原因で友達と戦いたくない。そんな不毛な戦いはごめんだ。
「ん?」
と、そこでギンコはなにか見つけたようだ。
「見ろよ、そうご。あれ、村じゃねーか?」