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005:この世界の名

 ほんの数分で、ギンコは戻ってきた。

 その身体には少し大きいサイズのリュックをふたつ抱えて。


 それにしても、早い。


 俺は美咲ちゃんを背負ってゆっくり歩いていたにせよ、高校生男子が数十分かかった距離を数分で往復するとは。

 神の名に恥じぬ健脚である。


「ほれ、取ってきたぜ。感謝しろ、敬え」


「うん、ありがとう。さすがだな、ギンコ」


「ふっふっふ、神ってんだろー?」


 ……いや、神ってるっていうか。

 神なんじゃないの?


「ほれほれ、早く出せ早く出せ。ぎぶみーちょこれいとー!」


 リュックを両手に一個ずつ持ち、がちゃがちゃ振るギンコ。

 神様の威厳もへったくれもないような要求の仕方だった。いいのか、それで。


「悪いけど、自分で出してくれ。俺、美咲ちゃんをおんぶしてるから手が使えないんだ」


「ああ、さっきからみさきのケツ触ってるもんな」


「触ってねえよ、人聞き悪いなぁっ!」


 足だ、足! 足持ってんの!

 やめてくれ、背中に当たる胸の感触とか手のひらに伝わる太ももの体温とかなるべく意識しないようにしてるんだから!


 男子高校生の理性ほど脆く儚いものもないんだぞ!


「別にそんな焦んなくても。みさきだってケツのひとつやふたつ触ったところで今更文句言わねーだろ」


 確かに言わないだろうけどさ。


「美咲ちゃんが文句言わなくても、俺が気にするんだよ。寝ている女の子に……好きな女の子に、そんな卑怯な真似ができねえの、俺は」


「おいおい、そうご。寝込みを襲うのは戦術の基本だぜ? 覚えておきな」


「そんなダーティな戦術を好きな娘に使いたくねえよ……」


「えー、でもよー」


 ギンコは地面にしゃがみこんで、俺のリュックを漁り出す。色々な味のミニチョコレートが入ったお買い得パックを見つけると嬉しそうに封を開けた。


 そして投下する。

 実に気楽に、爆弾を。


「――みさきは、オマエが寝てるときにこそこそといたずらしてるぞ?」


「え、マジで!?」


「マジマジ。あ、美味ぇなこれ。新製品か?」


「ちょっとギンコ、その話詳しく!」


「甘くて色んな味がして美味ぇ」


「チョコの話じゃねえよ!」


 しかも全然詳しくねえ!

 この神様には食レポ期待しちゃ駄目だ!


「教えてやってもいいけど、それよりオマエ、ここがどこかを知りたかったんじゃねーの?」


「……あ、そうだった」


「しっかりしろよ……。みさきの秘密か、この世界のことか、オレが教えてやるのはどっちかひとつだけだぜ。選びな、そうご」


「ギンコのケチ!」


「あ、もう怒った。神様、怒っちゃった。もう両方教えてあげません。ついでにちょこはぜんぶオレのもんです。ごちそうさん」


「横暴極まりねえな、神! わかったよ! ケチって言ったのは謝るから、ここがどこか教えてくれ! ごめん、ギンコ!」


 頬を膨らませ、拗ねるギンコに頭を下げる俺。

 その二択なら、さすがに現状の把握が優先だ。


 考えてみれば、寝ている間に美咲ちゃんの秘密を聞き出すのも、それはそれで卑怯な気がするしな。


 まあ、美咲ちゃんのことだ。

 笑えないイタズラはしてないだろうし。

 

「よろしい、神は寛大である。神の慈悲と知恵をありがたく受け取るがいいぞよー。ぞよぞよー」


 普段「である」とか「ぞよ」とか使ったことないくせに。

 露骨に神様っぽい振る舞いをしている。


「まずな、ここはいわゆる異世界ってやつだ」


「うん、それはなんとなく察してた。見たことない鳥とか虫が飛んでたし」

 

 俺の知らない外国って可能性もあったけど、魔法陣も見た後だし。


 たぶん、異世界なんだろうなとは思っていた。


 友達に神様がいる時点で、異世界もどっかにあるんだろうなと前から思っていたし。


 あと、ネッシーと宇宙人も信じてる。

 いつか一緒に写真撮りたい。


「オレからすれば、空気中の魔力の濃さと質ですぐにどこかわかったがな」


「へぇ、さすが神様」


 俺にはよくわからん。

 空気が美味しいなとは思うが。


「この魔力の感じは《ウルドガルド》に間違いねーな、うん。」


 《ウルドガルド》。

 それが、この世界の名前なのか。


「なんかちょっと格好いいな!」


「オマエはホントに呑気だなー……」


 なんだよう。

 素直な感想を言っただけじゃないか。


「あとな、言葉は通じると思うぞ」


「それは助かるけど、本当に大丈夫なのか? 自慢じゃないが、俺は英語の成績悪いんだぜ?」


「そうご、バカだもんな」


 可愛い笑顔で酷いことを言いやがる。

 自覚はあるが。


「大丈夫だ。この世界に来る前に魔法陣通ってきたんだろ? その時点で、オマエとみさきはウルドガルドに()()()されてるはずだぜ」


「《最適化》?」


「なんかいつもより身体の調子がいい感じしねーか?」


「……ああ、する」


 もうそれなりに長い時間、美咲ちゃんをおんぶしているのに全然疲れてない。

 身体がやけに軽い感じがする。


「はっ、もしかして美咲ちゃんがこの世界に来てからやたらテンションがおかしかったのは、その《最適化》とやらの副作用が――!?」


「それはねーな。みさきがおかしかったとしたら、それは素だ」


 バッサリだった。

 日本刀並の切れ味だ。


「す、少しは可能性を考慮してあげても……!」


「諦めろ。《最適化》は召喚術式を使った奴が面倒を省くための基本だ。副作用の入る余地はねーほどに基本的なことなんだ。みさきがおかしいのは、あいつ自身の問題だ」


 そこまで言うか。

 美咲ちゃん、可哀想だろ。


「――そう、基本なんだ。『ちょこれーとぱふぇ』に『こーんふれーく』が欠かせないのと同じようにな」


「キメ顔のとこ悪いけど、その台詞はただ可愛いだけだぞ」

 

 キメどころ間違ってますよ、神様。


 ああ、でも、確かに美味しいよな。チョコレートパフェに入ってるコーンフレーク。

 かさ増しとか言われるが、俺も好き。

 あのサクサクがいいんだ、うん。


「まあ、要するに《最適化》のおかげで言語も理解できるってことだ。オマエたちを召喚したやつがよっぽどへっぽこでない限り、大丈夫だろ」


「なら助かるが、やっぱり俺たちって誰かに召喚されたんだよな? この世界に」


「たぶんな」


「なんで?」


「知らねーよ、召喚したやつに聞け」


「どこにいるのさ。普通、こういうのって近くにいるもんなんじゃないのか?」


「確かにそうだな……召喚者はなにかしら目的があるはず……わざわざ自分の目の届かない場所に召喚するのも、妙な話だ」


 俺の疑問に、ギンコは「んー……」と少し考え込む。


 しばらく、経って。

 ぽつりと、彼女は言った。


「……召喚失敗したんじゃねーの」


「…………えぇ……」


 どうしよう。

 俺たちの冒険は前途多難っぽい。



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