043:少年が変わる時
猿魔の体毛より生み出された、チンパンジーに似た姿を持つ総勢十二の分身体。
それを満足げに数瞬眺めて。
この村を悲しませた諸悪の根源。
エンプティ・ウージーは、俺たちの方を長い腕で差し示し――高らかに吼えた。
「――――行けェェェ! 分身共ォォォ! そのクソガキ共を嬲り殺せェェェ!」
「「「ギ、キキ――キキキィィィィィィッ!!」」」
エンプティの号令を受け、耳障りな鳴き声と共に黒き体躯の分身体たちが地面を蹴る。
瞳を爛々と輝かせ、こちらへと向かってくる獣の群れに対し――
俺――秋葉想護は固く拳を握り締めて。
ギンコは逆に手のひらを緩く開いて。
――迎撃のために迷わず前進した。
「う――おりゃあああっ!」
雄叫びと共に放った俺の右拳が、分身の内の一体の顔面に突き刺さる。
肉を潰し骨を砕く嫌な感触を、拳が知覚した次の瞬間には、その分身は後方にいた別の個体を捲き込みつつ、派手に吹き飛んで――
――淡い紫色の光をわずかな時間だけ発してから、捲き込まれた個体諸とも呆気なく消滅した。
どうやらというか、予想通りというか。
数は増えたものの、分身体自体の強さはたいしたことはなさそうだ。
今の俺の、ただの一撃で消滅する程度の存在なのだから。
まず二体を倒した。
これで、残りは十体――
「……遅っせぇなぁ――――」
――いや、訂正。
「――――欠伸が出るぜ、オマエら」
ギンコが両手の爪で二体の首を掻き斬り、一体の頭を踏み潰しているから――
――さらに三体減って、七体だ。
「「「――ギ、キキッ……!?」」」
早々に半数近くが削られ、分身たちにも動揺の色が見える。
俺たちから一旦距離を取ろうとする獣の群れを逃がすまいと、俺がさらに歩を前に進めようとした時だった。
「――そうご」
「ん?」
ギンコが俺を呼び止めたのは。
「ちまちまやんのも面倒くせー。残りの小猿共はオレに全部喰わせな」
軽い調子で、それだけ言って。
とーんっ、と。
まるで舞うように空高く跳躍したギンコは、教会の屋根に緩やかに着地するとこちらを振り返り――
月の光を背負って、真紅の瞳を煌めかせながら、獰猛に笑った。
「上昇がってこいよ、猿公共。このオレが遊んでやらぁ――けけけ!」
心底侮るように――心底嘲るように。
本物の神は、神を名乗る不届き者から造られた獣たちを挑発する。
その挑発を、獣たちがどこまで理解していたかはわからない。
けれど。
「「「――ギ、キキィィィィィィッ!!」」」
まるで紅い瞳に誘われるように、七体の獣はギンコを追って、教会の屋根へと跳び跳ねた。
「――神様、一人で大丈夫か!?」
「誰にモノ言ってんだ、アホめ! いいから、オマエはさっさとそこの道化をぶっ潰しな!」
「了解……! サンキュー、ギンコ!」
頼もしい神様に礼を言って、エンプティの方に向き直ると――猿魔は血走った眼でこちらを睨みつけていた。
「……どこまでも……! どこまでも苛つかせるクソガキ共が……! こうなりゃ、俺様が直々にぶち殺してやる……!」
殺意に満ちたエンプティの視線を、俺は真っ直ぐに受け止めて。
「――――苛つく?」
普段よりも数段、低い声で返した。
「……こっちはとっくに――キレてるよ」
「――あ?」
きっと今の俺は――美咲ちゃんやアイリスには見せたくない表情をしているだろう。
見せちゃいけない、表情をしているだろう。
「――エンプティ・ウージー。アイリスを泣かせたおまえは絶対に許さねえ」
顔を右手で覆い隠すようにして。
「俺が――今、此処で終わらせてやる」
左の拳をエンプティの方に突き付け。
俺は短く――心のスイッチを押した。
「――――《変神》……!」
いつもありがとうございます。
今後ものんびり更新していきますので、良かったらお付き合いくださいませ。