041:ルナティアの祈り
教会近くの空き家。
その二階の一室に、宵闇に紛れるように潜むひとつの人影があった。
桃髪金眼の《情報屋》――ルナティア・フォン・スレイである。
近くにあったベッドへと汗を吸ったパーカーを脱ぎ捨て、上はビキニだけの状態で少女は窓際に立つ。
《人造人間》、秋葉想護の戦いを――見守るために。
《英雄召喚術式》の反動を肩代わりしたことによるダメージは、今も彼女の全身を苛んでいた。
筋肉、神経、血管の至るところを乱雑に削り、乱暴に抉るような激痛。
ルナティアはそれを、強力な痛み止めの成分入りのキャンディを頬張り、勢い良く噛み砕くことで強引に押さえつける。
物理的な傷こそないものの、常人ならば痛苦が原因でショック死をしてもおかしくないような状態に少女はいた。
本来ならば、すぐにでもベッドに転がり、安静に休息を取るべき、そんな時に。
彼女は窓に手をついて、支えにこそしていたが――己の二本の足で確かに立っていた。
今、ここで自分がのんびりと眠っているわけにはいかない。
自分には、彼の戦いを最後まで見届ける責任があるのだと。
それが彼女のプライド。
それが彼女の意地だった。
――と、その時。
真剣な面持ちで教会を見つめていたルナティアの表情が、不意に変化した。
激痛によって苦悶の表情へと変わった――のではない。
生半可な拷問を超える痛苦の中に立たされながら――それでも尚、少女はなにかを誇るように笑った。
一瞬前。
轟音とともに壁を突き破り――エンプティが外に飛び出してきたのを視認したからだ。
「……また盛大にやったもんですね。いっそ爽快ですらありますが」
呆れた風に――けれど、どこか嬉しそうに彼女は呟く。
教会の壁に大穴を空けた猿魔は破片を撒き散らしながら背中で地面を削り――広場まで吹き飛ぶと大の字に夜空を仰いで転がった。
あの勢いだ。
死んではいないだろうが、かなりのダメージであったことは想像に難くない。
「――知ってはいましたが、本当に強くなったんですね……」
広場から教会の方へと視線を戻し、ルナティアはゆっくりと目を細めた。
大穴を通じ、教会の中から外へと、ふたつの人影が砂塵を巻き上げて躍り出る。
小さな銀色と大きな金色。
神狼と人造人間。
――ギンコと想護だ。
自然と、ルナティアの瞳は想護の動きを追っていた。
金色の少年は、数時間前にルナティアが話し掛けた時とは別人のような顔つきだ。
瞳の奥に憤怒の炎を燃やし、己が敵を油断なく見据えている。
「……ええ、ええ。そうでしょうね――あなたは、そういう人ですもんね」
ルナティアは何度も頷きつつ、ひとり納得する――至極簡単な計算式を再確認するように。
「――人造人間とか雷神の力とか。そういう後付けの要素は関係なく、昔からあなたは誰かのために憤り――誰かのために怒ることのできる人でした」
(そんなあなたが、アタシは大好きでしたし――
――誇りでした)
「――だからこそ、アタシはこの世界であなたを待っていました。この世界の理不尽を、あなたが断ってくれると信じて」
だからこそ、ルナティアはすべてを賭けて《英雄召喚術式》を準備し、痛みを引き受けた。
たった一度のチャンスで自身の信じる最高の《英雄》をウルドガルドの大地に呼び寄せるために、流星に祈りを馳せた。
そして、彼女は見事賭けに勝ったのだ。
故に。
――ああ、それ故に。
少女は月と星と人間の光を見つめて、勝ち誇るように笑う。
「――覚悟することです、エンプティ・ウージー。このクソッタレの呪殺師風情が。よくもアタシの友達を殺して――その妹を辛い目に遭わせてくれましたね」
ようやく上体を起こし始めた猿魔へと窓越しにサムズダウンを贈りつつ、ルナティア・フォン・スレイは静かに激情を吐き捨てた。
「――おまえなんか、アタシのヒーローにやられちゃえ……!」
更新遅れてごめんなさい。
モチベはあるので、今後も頑張りますね。