002:人造人間、異世界へ立つ
「いい天気だなぁ……」
温かな日光の差す草原に寝転んで、俺、秋葉想護は、しみじみと呟く。
学ランの背中は多少汚れるだろうが、細かいことは気にしないことにした。
しばらくぼうっと空を眺め、目を細める。
真っ青な空をなにかが横切る。
動物園や図鑑でも見たことがないカラフルな鳥が二羽、仲良く並んで飛んでいた。
親子だろうか、それともつがいだろうか。
わからないけど、綺麗な鳥だなと思った。
高校二年生の男子が言うのも少し気恥ずかしいが、俺は動物が好きだ。
見るだけでだいぶ癒される。
本当は動物園のふれあいコーナーとか積極的に行きたいんだけどな。
体質のせいで自然と逆立つ金髪に、初対面の相手には鋭い印象を与える三白眼。
ただでさえ不良じみた容姿の上、小学生の時に始めた修行の影響で大柄に育った身体。
そんな俺がふれあいコーナーなんか行けば、子供たちも動物たちもきっとびっくりさせてしまう。
それは避けないとな。
いいんだ、別に。見てるだけで。
「……………………プン」
いやぁ、それにしてもいい天気だなぁ。
「……タス……プン……」
実はさっきからずっと聞こえていた声に、次第に元気がなくなっていく。
ちょっと心配になったので、首だけを動かして声の主を目で確認。
俺が寝転んでいる場所から歩いて十歩分だけ離れた場所。
そこには俺と同い年の、赤みの濃い茶髪をポニーテールにした少女が、こちらに背を向けて立っていた。
なんだか背中をぷるぷるさせている白いセーラー服姿の彼女の名は、風野美咲。
俺の自慢の幼馴染である。
薄茶色の瞳と、形の良い唇がチャームポイントの美人さんだ。
昔から整った顔立ちではあったが、成長と共に女性らしさを増し、より可愛く、美しくなった。
身内贔屓はあるかもしれないが、アイドルやモデルになっても十分やっていけると思う。
インドア派のわりに適度に鍛えているので、スタイルもいいし。
最近ナンパされることが増えてきて、幼馴染としては複雑な面もあるけどな。
本人に言ったら、なんか嬉しそうだったけど。
まったく美咲ちゃんめ。人の気も知らずに。
と、そこで。
彼女の身体から震えが止んだ。
勢いよく天へと右の手のひらを突き出し、太陽を握り締めるような勢いで拳を作る。
今にも『変身』とか『蒸着』とか叫び出しそうな勢いだ――否。
直後、実際に叫んだ。その良く響く声で。
青空に自身の願いを叩きつけるように。
「ステェェェタァァァス! オォォォープゥゥゥンンン!!」
――と。
数秒の硬直の後、がっくりと膝を折り地面にしゃがみ込む美咲ちゃん。
俺は急いで起き上がり、そんな彼女に慌て駆け寄る。
「ど、どうした!? 大丈夫か、美咲ちゃん!」
「……だめ……もうだめだよ、想護くん……!」
首を横にゆっくりと振りながら、絶望的な表情を浮かべる美咲ちゃん。
「せっかく異世界に来たのにあたしはステータス画面すら開けないんだ! うわーん!」
「だ、大丈夫だって! きっとそもそもそういう世界じゃないんだって! 俺だってステータス画面とか見えてないし!」
「……そうかな。想護くん、実はステータス画面開けてるのに隠してない? あたしを傷付けないように優しい嘘をついてない?」
「ついてないよ!」
美咲ちゃんの名誉のために言っておくが、彼女は決して普段からこんな感じなわけじゃない。
一晩中ソシャゲのイベントに精神力と体力を削られ、徹夜のまま登校した美咲ちゃん。
なんとか学校生活を寝ずに乗り切り、俺との下校中に青白く輝く魔法陣を踏んだかと思えば、目映い光に包まれ、次の瞬間にはどこかもわからない草原だった。
結果、美咲ちゃんはバグった。
主に寝不足が原因だと思われる。
だから早く寝ろって言ったのに。
ここは異世界だ、チートがなんだ、まずはステータスの確認だとか言い出した。
俺も一応美咲ちゃんと一緒に「ステータスオープン」と唱えてみたが、まあ、なにも起こらない。
けれど、負けず嫌いで頑固な上に徹夜明けでハイになっている美咲ちゃんは納得しなかった。
イントネーションの問題だ、ポーズが悪い、と試行錯誤しながら執拗に自身のステータスを確認しようとする美咲ちゃん。
それをじっと見守る俺。
だんだん恥ずかしくなってきたのか、「集中できないからあんまり見ないで」と美咲ちゃんが言うから十歩分だけ離れたところで寝転んで空を眺めていたというわけだ。
なんで十歩分かって?
美咲ちゃんが寂しがりやだからさ。
ただ何事にもいつかは、終わりがある。
ついに彼女も悟ったのだ。
俺たちにステータスはオープンできないと。