表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/43

018:露天考察

「……おお、すげえな」


 異世界の露天風呂を見て、俺はお風呂セット片手に嘆声を洩らす。


 まさか期せずして温泉に入れるとは。

 思わぬ幸運だった。


 広々とした岩の湯船は、身体の大きな俺でもゆったりと入れそうだ。


 なんなら泳げそうなくらい。

 泳がないけどさ。


 さすがにそんくらいのマナーはある。


 なんかいい匂いがすると思ったら、葉っぱがぷかぷか浮いていた。


 菖蒲湯的なやつかな。


 さっそく入って温まりたいので、かけ湯をして身体を洗おうと思ったところで気付く。


 ――あれ? 石鹸がないぞ?


 ……おかしいな。

 神様、確かに石鹸も作ってくれていたのに。


 あれー? と、がさごそやってると。


「ほれ、そうご。石鹸」


「あ、ありがとう。ちょうど探してたんだ」


 下の方から差し出された石鹸を受け取る。


 ああ、よかった。

 これで身体を洗え――いや、ちょっと待て。


「気にすんな。それより、さっさと身体洗って入ろーぜ」


 そう言って、ざばーと頭から豪快にかけ湯をするギンコ。


 風呂に入るんだから当たり前だけど、当然真っ裸だった。

 自分では外せないからか、漆黒のチョーカーだけはきちんと巻いていたが。


 なにしてんの、この娘。


「……神様。なんでいるんだ?」


「けけけ。『そうごに石鹸渡すの忘れた』と言って、女湯を抜けてきたんだ」


「戻んないの?」


「戻るとは言ってねーからな。オマエと入った方が気楽だしよ。けけけ」


 この神、計画犯である。


 ここまで見越して、俺に石鹸を渡さなかったのか。


 なんて反則技を使いやがる。


「……ま、俺もひとりで入るのはちょっと寂しいと思っていたところだ。ひとっ風呂付き合ってもらえんなら嬉しいけどさ」


 ギンコ、見た目は完全に子供だしな。


 俺的には妹と入るようなもんだ。


 ……愛理は、今のギンコの姿よりも小さな頃に死んでしまったけれど。


「おう、付き合ってやらぁ。ほれ、背中流せ。神に奉仕する機会をくれてやる」


「はいはい。光栄だよ、神様」


 ちょっと感傷的な気分になりながら、俺は石鹸を泡立てるのだった。


「でも、先に頭からな」


「えー、オレ、しゃんぷー苦手なんだよな」


「目を瞑ってりゃ、すぐに終わるよ」


「……ちょっと待ってくれ。今、しゃんぷーはっとを作るから。目にしみるの嫌だ」


「ギンコって、たまに普通に子供っぽいよな」


 可愛いけどさ。


 ◆ ◆ ◆


 洗い終えた神様の銀髪をタオルを使ってまとめ、一仕事終えた俺は額の汗を拭う。


 ふう。髪が長いと洗うの大変なんだな。


 気軽に引き受けたはいいが、少々苦戦しちまったぜ。


 それに比べて、背中を流すのは非常にやりやすい。

 ギンコ、背中小さいし。


 ふたり仲良くかけ湯をして、泡を流し、俺はギンコと共に待望の温泉に突入する。


「……あー、これは最高だな、神様……」


「……おー、そーだな、にんげん……」


 熱過ぎず温すぎずのお湯に浸かり、ゆったりと四肢を遊ばせる俺たち。


 タオルはたたんで頭の上に。

 温泉に入るとやりたくなるんだよな、これ。


「なんか疲れが一気に取れた気がする」


「オマエは単純でいいなぁ」


「神様だって気持ち良さそうな顔してるくせに」


「アホめ。オレはこう見えて、いろいろ考えてんだ……ふぃー……」


 今の表情だけ見てると説得力ゼロだったが、確かに今日のギンコは、ちょいちょい意味ありげな行動をしていた気がする。


 ふむ。


 この世界にきてから大きなトラブルもなく、一日を終えようとしているが、一方でいくつかわからないこともあるよな。


 温泉のおかげで心身ともにリラックスしている今は、案外いいタイミングかもしれない。


 気になることをおさらいしてみよう。


 まずは、この村のことだよな。


 人気がないのは、『村人みんなで温泉旅行に行ってるから』とアイリスは言っていたが――やっぱりそれはおかしくないか?


 村の中にこんな立派な温泉あるのに。


 ウルドガルドの人々がめちゃめちゃ温泉好きって可能性もあるが、それでも全員が行くとは思えない。


 そもそも村単位の同時移動なんて、バスみたいな大型の移動手段がないと厳しいだろうし。


 いくら小さな村といってもなぁ。


 次に教会の近くで感じた、ふたつの気配。


 俺の気のせいって線も考えられるが、ギンコが睨み付けていた辺り、少なくとも教会には、なにかしらの秘密があるんじゃねえかな。


 ……ただ、ここは無理に確かめたりはしたくないんだよな。


 ウルドガルドにはウルドガルドの信仰や宗教がある。


 余所者の俺たちが、安易に立ち入っていい場所ではないだろう。


 アイリスとの関係が悪くなるようなことは、俺たちも避けたいし。


 ……そうだ、アイリス。


 アイリス・クーガー。


 あの心優しい蒼髪の少女の行動にも、不可解なところはある。


 数十単位の鍵束を持ち、自分のものではない家から出てきた彼女――普通に考えれば、盗みかなにかを疑うところかもしれないが、それならわざわざ俺たちに声を掛けないだろう。


 そもそも。


 なにか隠していることはあるにせよ、アイリスが悪い娘だとは――俺には思えないんだよな。


 これは理屈ではなく、完全な感情論だが。

 俺は、その直感を信じたい。


 最後に、俺たちが何故この世界に喚ばれたのか――これは、まだわからない。


 しかし、誰に喚ばれたのか――これは、なんとなく察しがついている。


 正解かは、わからないけれど。


「……なぁ、ギンコ」


「なんだ」


 夜空に浮かぶ満天の星を見つめて。


 俺は、静かに言葉を紡いだ。


「――俺たちを召喚したのって、もしかしてアイリスなんじゃねえかな」


「……なんで、そう思った?」


「だってさ、アイリス、俺たちが村にいたことには、さほど驚いてなかったし。召喚者は近くにいるのがベターなんだろ?」


 召喚魔法の誤作動で起きるという《神の気まぐれ》で召喚された説も考えたが、アイリスの説明からすると、その場合、俺たちは空から地面に落ちていたはずだ。


 故にこの説はとりあえず無しの方向で進めると、現状唯一接触できた相手であるアイリスを召喚者と考えるのは、そうおかしくない推理なんじゃないか?


 それに。


「いくらなんでも親切過ぎるだろ、とも思うんだよな。アイリスが優しい娘で、世話好きな面はあるにせよ」


 アイリスはたびたび笑顔を見せてくれていたが、時折、無理していたような気もする。


 それでもなお、俺たちをもてなしてくれたのは、責任感からではないだろうか?


 なんの?


 恐らくは――俺たちをこの世界に召喚したことに対しての。


 召喚した理由については正直わからん。


 さすがに日本人と握手したかったから、とかではないだろうけれど。

 

「まあ、俺は頭のいい方じゃないから大ハズレかもしんないけどさ」


「いや、あいりすが関わっているってのは、あながちハズレでもねーと思うぜ」


 ギンコは、真面目な顔で俺を見た。

 紅い瞳で真っ直ぐに。


「だがな。あいりすが召喚者だとすりゃあ、それはそれで、おかしいことがあんのよ」


「……なにが?」


「本や武器ならともかくよ、自我のある生き物を召喚するような術式になんの代償もいらねーと思うか? 術者の身体に負担が掛からねーと思うか?」


「それは……」


「んなわけねーよな。当然あるに決まってら」


 神様はそこで一度言葉を切る。

 そして、一段階低い声で続けた。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()()()()()



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ