エマ
エマは夢を見ていた。
外では子共たちが楽しそうにボール遊びをしている。
その様子をベッドの上から窓ごしに、恨めしそうに眺めている少女の姿があった。白髪のその少女は幼いエマだった。
彼女は生まれた頃から体が弱く、体調を崩し高熱を出し何度も死の境をさまよったことがあった。何人もの医者に診てもらったが原因もわからず、人生の大半をベットの上で過ごしてきた。外に出たとしても少し散歩をするくらいで、同年代の子共たちと一緒に遊ぶこともなかった。
そんな彼女の唯一の楽しみは本を読むことだった。特に英雄達の冒険譚などがお気に入りで、体の弱い自分では到底無理であろう冒険の数々に胸躍らせ、夢見ていたのだ。
ある日エマの住む家に一人の医師が訪れた。難病の少女の噂を聞きつけ、遠路はるばるやってきたらしい。
「おお、お前がエマだな。オレはギリー・カンニバル。医者だ」
ギリーと名乗ったその女性は体のあちこちにピアスをつけ、ずいぶんバンキッシュな格好をしており、とても医者に見えない風貌だった。
「ギリーさん、初対面でお前呼びは失礼ですよ」
「ははは、ずいぶんしっかりしたガキだな。それに肝も据わってる。気に入ったぜ」
<『お前』の次は『ガキ』? 今までのお医者さんはみんな優しかったのに、何なのこの人!>
可愛らしいくちびるを尖らせ不満をあらわにしていると、ギリーの手がおでこに伸びてきた。
「なっ、いきなりなんです?」
「ただの触診だ、じっとしてろ」
言われたとおりじっとしているが、くちびるはアヒルのように尖ったままだ。
「体温はちょっと高めだな」
今度はいきなりエマの服をめくりだす。
「ちょっ、ちょっと……」
「じっとしてろ、ただの触診だって。胸もないのにいちいち恥ずかしがるな」
そう言うと、少女のやわらかな素肌に手を当てていく。エマの顔は真っ赤になって泣き出しそうにすらなっている。
「ん、特に異常はなさそうだな」
服を下ろすと、泣き出しそうになってるエマの様子に気がついた。
「女同士なのにそんなに恥ずかしがらなくてもいーだろ。しょうがねーな、オレの胸さわらせてやるから、これでお相子だろ?」
ギリーは自分の服を捲り上げ、何のためらいもなく胸をあらわにする。
<自分はこんなに恥ずかしいのに、なんでためらいがないの? この人ズルイ……>
少しムッとした顔をしたが、ギリーの大きめな胸に小さな手を埋めた。泣きそうだった顔は、そのやわらかな弾力の前にすっかり消えうせていた。
「ふぁ、やわらかい……」
「……もういいだろ」
揉んだり、寄せたり、ひっぱったり、さすがに恥ずかしくなったのか、ギリーの顔が少し赤らんでいた。
その顔を見てエマの顔にニヤリとした笑みが浮かんだ。ギリーは軽く咳払いをすると話を軌条に戻す。
「んっん、特に体には異常はなさそうだな。どういった症状がでるんだ?」
「うん、だるくなって、体が燃えるように熱くなるの。体調が悪い時なんかは火傷までしたりするの」
エマは半そでのすそをまくり肩を見せると、確かにそこには火傷の跡があった。
「これが自然に? うーむ……確かに人体発火にはいくつか原因があるが、お前魔力値を計測したことはあるか?」
「ううん……だからお前呼び失礼だってば」
「じゃあ理由はそれかもな、人によっては魔力を溜め込みすぎて体に異変をきたすことがあるんだ。お前みたいに小さい頃ならなおさらな」
「また……」
エマが頬を膨らませるが、ギリーはまったくお構いなしだ。
「とりあえず測定器を手配しないとな、ん、お前本好きなのか?」
ギリーは枕の傍らに置いてあった本に反応を示した。
「よく見たら棚にもいっぱいあるな、しかも英雄譚ばっかりか、オレも好きだぜ」
「ホント? わたしずっとベットの中にいるから冒険なんてできないし、すごいって思うんだ。わたし生まれ変わったらこの本に出てくるような英雄になりたい」
そう語るエマの目はキラキラと輝いていた。それに対し、ギリーの表情は険しいものになる。
「あっ? 生まれ変わったらだと……オレが一番大っ嫌いな言葉だ! 生まれ変わったらなんて目ぇ輝かせていってんじゃねえよ!」
ギリーの口調は険しく、明らかに不機嫌なものだった。エマは一瞬驚きたじろいだが、気圧されることなく思いの丈をぶちまける。
「しょ、しょうがないでしょ。外にも遊びにも行けないのに……あなたにわたしの気持ちなんてわからないよ!」
「だからオレが助けようとしてるんだろうが。お前の人生は一度しかないんだよ、諦めたみたいに『生まれ変わったら』なんて絶対に許さねぇ、オレがお前を冒険できるような体にしてやる! だから……」
エマの両肩をがっしりとつかむ。
「だから、お前の人生を精一杯生きてくれよ……」
ギリーの眼はまっすぐにエマを捉えて離さなかった。その瞳に引きずり込まれる。
ベットの上でずっと過ごすんだと、自分の人生に期待なんてできなかった。
本を読んで憧れを抱きどんなに夢を見ても、自分がそうなれることなんて絶対にないと思っていた。
自分が強くなれることなんてない、変われることなんて無いと諦めていた。
「……ほんとに? ほんとに外で自由に遊べるようになる? 本に出てくる英雄のように強くなれるの?」
「ああ、オレは医者だからな。その望み、絶対に叶えてやる」
エマの目からはぼろぼろと涙がこぼれた。
その後、ギリーの推察通りエマの体は必要以上に魔力を溜め込んでしまい、そのせいでだるくなったり体が熱くなったりすることがわかった。めったにない事例でその症状を知る人は少ない。そのため今まで誰も治し方がわからずに難病だと思われていたのだ。
だがその症状を治すことは意外と簡単で、魔力の使い方を覚え、たまに貯まった魔力を発散してやれば症状が出ることはない。そのため、ギリーから魔力の使い方と召喚術を教わり、少しずつ運動をして外に出れるように体を慣らし、体調が悪くなることもなく外に出られるようになった。
外に出られる身体になっていっても長年ベッドで過ごしてきたため、普通の人と比べても体力がない。
そのことはエマ自身がよくわかっていたため、この学園に入ることも叶わないと思っていたのだ。だが実際はより難易度の高いマスタークラスでの合格となり、早く他の子たちに追いつきたいと焦っていたのだ。
少女は夢から覚めた。
医務室のベットの中にいたエマは一瞬、あの頃の自分に戻ってしまったのではないかと不安になってしまったが、その不安をかき消す声が響いた。
「エマ、目を覚ましたんだにゃ」
その声の主は妖精のケットシーだった。
エマの溜め込み体質は治る見込みはなく、今も続いている。そのため常にケットシーを召喚し続け、魔力を消費させているのだ。
「シー君、ずっとついててくれたの?」
「そうだにゃ、みんなもさっきまでいたんだけどにゃあ、もう夜も遅いしボクが診てるからって部屋に戻ってもらったにゃ」
エマは何も言わずケットシーを抱きしめる。
「にゃにゃ、どうしたんだにゃ?」
「ううん、もう少しこのままでいさせて……」
「……そっか」
「……ねぇシー君、わたしもっと強くなるから、わたしの前からいなくならないでね」




