クロエ3
「ふはは、小童が吼えよる」
「今のうちに笑っていろ。鎖砲、前へ!」
マシウスが命ずると四角い筒状の砲を抱えた兵士が三人、シルートンを取り囲む。
「なんじゃそれは?」
「撃て!」
筒状の穴から鎖が飛び出し、シルートンに絡みつき自由を奪う。
「ふはは、何かと思えばただワシの自由を奪うためのものか? 人間とは浅はかよなぁ」
「高笑いをしてればいい、それはこの街で開発した魔導兵器だ。ためしに得意の魔法を使ってみたらどうだ?」
「……なんじゃ! 魔法が使えん!」
「その鎖の先端には魔封じの鉄が仕込まれているんだ、だがそれだけじゃないぞ、やれ!」
途端、鎖に赤い炎が宿り、シルートンにも燃え移る。
「魔導障壁が使えなければ防ぐことも出来ないだろう。妻や街の人たちの痛みを思い知れ!」
「ぐおおおお」
片腕を斬り落とされてもうめき声一つ上げなかった老人は炎に焼かれ叫び声を上げた。どうやらダメージを与えられてるようで、マシウスは内心ほっとしていた。
やがてシルートンの叫び声が聞こえなくなると、『何か』が老人の身体を突き破り上空へと舞いあがった。それは血管を触手のようにウネウネと躍らせている一つ目のついた心臓だった。
「お前達よく綿毛ってくれたな」
「なんだ?あれがシルートンの本体なのか……?」
「まさかここまで追い詰められるとは思ってなかったぞ。貴様ら全員地獄に送ってやるぞ!」
宙に浮いた一つ目の心臓についてる突起から黒い蒲公英の綿毛のようなものがが噴出される。その綿毛は町中の空中に散布され、ゆっくりと落ちてくる。
「この綿毛は触れた者すべてを死に至らしめるものだ。このまま死ぬのを待ってもいいが……お前達だけは直接殺してやるかのう」
心臓だけとなったシルートンは空中を飛び、鎖砲を放った三人に向かうと血管の先を突き刺した。
すると兵士がみるみる干からびていく。
「ぐ、ああ……」
「ふはは、お前たちの血は美味いのう」
「血を……吸ってるのか? くそっ!」
マシウスがすぐさま本体に斬りつけようとするが、複数の血管が伸びてきて後退を余儀なくされた。団長であるマシウスはなんとか凌いではいるが、その間にも次々と近くにいた部下が犠牲になってゆく。
その時「ううん」と声が聞こえる。そちらに目を移すと、クロエが目を覚ましたところだった。
「クロエ、大丈夫か?」
「ん、お父さん……? ここどこ?」
シルートンの一つ目がその様子を捉える。
「その娘、目を覚ましたのか? 逃げられても困る。その身体、貰い受けるぞ!」
「そうはさせるか!」
クロエが逃げ、黒い綿毛に触れるのを恐れたのだろう。シルートンに焦りの色が浮かぶ。血管がクロエに向かって伸び、父であるマシウスそれを止めようとするが、距離があり間に合わない。
娘に血管が届こうかという時、それを止めたのはワニスだった。
「ぐぅ」
ワニスの腹に深々と血管が突き刺さる。
すぐさまマシウスの剣がそれを断ち切るが、突き刺さった血管からはワニスの血が吹き出ていた。急ぎ引き抜き止血をする。
「ワニス、大丈夫か? 自分の傷くらい回復できるな?」
「ぐ……やって、みます」
「よし、娘を頼むぞ。クロエもワニスから離れるんじゃないぞ」
「う、うん……」
何事かとまだ状況が把握できてないクロエだが、顔見知りでもあるワニスが苦しんでいて、非日常な状態だということは理解できた。そのせいか大人しく父親の言うことに従い、回復魔法で自身の傷を癒すワニスの横でじっとしている。
「邪魔が入ったが、まぁ関係ないか。お前達を殺した後でゆっくりと娘をいただいてやる」
その頃には空中に舞いあがった黒い綿毛が地上に落ちてきて、周りにいた兵士達は悲鳴をあげ苦しみだし、次々に倒れていった。クロエのいる辺りには意図的に散布しなかったのだろう、マシウスたちは無事である。
「娘だけは渡さんぞ!」
聞こえてくる部下や街の人たちの悲鳴に心を痛めながらも、わが子を守り抜く決意を固める。
「もう仲間もいないのに強がりよって、後はお前だけじゃ」
そう言うなりすべての血管を放ってくる。
「近づくものすべてを燃やし尽くせ! 業火の鎧」
呪文を唱えるとマシウスの身体が炎に包まれ、近寄る血管を燃やし尽くす。そのままシルートンへと駆ける。
「本当に最近の人間は厄介だのう! だがこれなら近づけまい!」
心臓は再び黒い綿毛を吹き出す。マシウスの身体に綿毛が触れるが、歩は揺るがず前へと進み続ける。
「ふはは、炎で消せるとでも思ったか馬鹿め、貴様の終わりだ」
黒い綿毛は体内に侵入し、流れている血液を固めてゆく。脳に酸素が行き届かず、想像を絶する苦しみがマシウスを襲うが、それでも歩みは止まらない。
シルートンの高笑いが次第に小さくなってゆく。
宙に浮かぶシルートンのすぐ下には仁王立ちのマシウスがいた。その迫力にナンバーズでさえ動揺を隠せなかった。
「お、お前、何故死なない?アンデッドなのか?」
「これが……人間の意地だ」
マシウスが剣をシルートンに向けると、全身を包んでいた炎が剣を通じ瞬時に伸び、シルートン本体である心臓を貫き、その炎は心臓に燃え広がった。
「ぎぃやぁぁぁ~、千年生きた儂が……儂が、人間如きにぃ~……」
炎は遂に醜悪な心臓を焼き尽くした。
その姿を見送ると共にマシウスが膝から崩れ落ちた。
「おとう、さん……」
クロエの目に衝撃的な父の姿が映ったその時、ナンバーズの呪いが発動した。
シルートンの亡骸から黒い光が広がり始める。黒く燃え炭となった亡骸と密接していたマシウスが目から血を流し叫び声を上げる。
「目が、目が見えなくなる、呪いだ!クロエを……守ってくれ!」
かすれていたが出せる精一杯の大きな声を上げるとワニスが呪文を唱える。
「我等に降り注ぐ不浄を洗い流したまえ、浄化の柱」
ワニスとクロエを光の柱が包みこむ。この光の柱こそが『呪い』から身を守る唯一の手段なのだ。
そしてこの魔法が使えるのは神聖魔法を会得した神官のみ。なのでナンバーズとの戦いには必要不可欠な職業であり、戦いの中でもっとも守らなければならない存在なのである。
「クロエ、この光から出たら駄目だ」
「お父さん、お父さんが!」
ワニスは父親の元へと駆け寄ろうとするクロエを傷ついた身体で必死に押さえ込む。まだ腹部からの出血は収まっていないのか血がポタポタと垂れ落ちている。
そして黒い光が二人を通り過ぎる。
「もう、大丈夫だ」
「おとうさーん」
抑えられていた手が離れると、クロエは一目散に父親の元へと駆け寄っていく。ワニスももう限界だったのか、その場で気絶してしまった。
クロエが急ぎ駆け寄るが、そこにあったのは変わり果てた父の亡骸だった。何度も呼びかけ、身体を揺するがもちろん目が開くことはありえない。
「お父さん、死んじゃやだよ」
涙を流しクロエが強くそう念じた時、父の身体が動き始める。
「よかった。無事だったんだ」
嬉しさのあまり父に抱きつくが、何の反応も無い。
「お父さん……?」
父の身体には黒いすじのようなものが浮かび上がっている。だがクロエにはその意味はわからなかった。
しかも異変は父親だけではなかった。今まで倒れていた兵士達もゆっくりと起き上がり動き始める。
「お父さん、なんだかみんな変だよ」
さすがにその異変を感じ取ってはいたが、どうしたらいいかわからず、応答のない父に呼びかけ続けた。
顔が焼け爛れた兵士の一人が気絶しているワニスに近寄り、噛み付こうとする。歯が当たろうかというタイミングで兵士の頭に矢が突き刺さる。
「アンデッドどもが湧いているぞ、制圧しろ!」
掛け声とともに大勢の兵士がやってくる。それは応援へと駆けつけてきた隣街の兵団だった。
次々とアンデッド化した兵士達が倒されていく。だがそれはクロエにとっては見知った街の住人達であった。
「やめて、やめてー」
そう叫ぶと兵団の前へと駆け寄った。
「おい、生き残りがいるぞ、子共だ……こんなアンデッドたちの中でどうして……」
「しかもあのアンデッドたち、あの子供を襲わないぞ」
槍を構えた兵士がクロエへ近づいてきた。
「君、なんでこんなところで一人でいるんだ? 他に生き残りはいないのか?」
クロエには言葉の意味がわからなかったが、父親の方を指差した。
「あれはアンデッドだ。なんで君だけ教われないんだ?」
何を聞かれたところでクロエには答えることが出来なかった。
兵士の一人がワニスを発見し、保護した。
「こっちにも生き残りがいたぞ」
「その人、ワニスって言うの。あっちがお父さんなの、助けて……」
再び父を指差すと、すでに父ではなくなったものが、うなり声を上げこちらへ近づいてきた。
「お父さん?いや、しかしあれは……」
その時兵士の一人がクロエの左腕を指差し、大声を上げる。
「こいつナンバーズだぞ!409の数字が左腕にある!」
「子供の姿に化けてやがったのか? それじゃあこの惨事もコイツが元凶か!」
突然多くの兵士に囲まれ、自由を奪われる。目、口、両腕、両足を縛られ身動きができなくなった。
クロエはそのままの状態で連れて行かれ、牢へと閉じ込められた。
意味もわからず自由を奪われ、父や母がどうなったかもわからない。自分もどうなってしまうのか。真っ暗な暗闇の中で悲しみと不安だけが積もる。
そして食事も与えられず、糞尿も垂れ流した状態のまま三日間が過ぎた後、ようやく解放されることとなった。
幸いなことに一命を取り留め、気絶から目覚めたワニスの証言でクロエがナンバーズでないことが確認され解放されたのだ。
その後、家族や街の住人の大半が亡くなったことが伝えられ、施設へと送られた。
その頃にはクロエの目には普通の人が見えないような『何か』が見えたり、動物のや虫の死骸を動かせる奇妙な力が使えるようになっていた。その力と左腕に刻まれた数字によって子共たちはおろか、大人たちからも気味悪がれ「悪魔」だの「呪われた子」だのとひどい迫害を受けることになった。
家族も友達も生まれ育った街もすべて失い、新しい環境の中で意味もわからず迫害を受け、少女の心は暗闇に沈み、壊れるまで時間はかからなかった。
やがてクロエは自身に宿る死霊魔術の力を呪い、人を避けるようになった。
そして現在に至るまで、クロエは誰かから望まれたり、力が誰かのために使えるなどと言われたことも考えたこともなかった。
「……そうだよ、お墓参りに来たのだって家族のこと忘れないためとか、自分の気持ちの整理のために来てるんだもの。上手く言えないけどクロエだったらもっと上手に誰かの気持ちをやわらげることが出来るんじゃないかな?」
「わたし、この力……忌むべきものだってずっと思ってた。……これがだれかのためになるなんて考えたことも無かった……わたしの力で誰かが救えるのなら……」
リズの言葉はクロエに光を与えた。
「わたし、この力を無くしてくれる人をずっと探してた。モ、モモの光を見たとき、この人ならわたしの闇を取り払ってくれるんじゃないかっておもったけど違った……わたしはこの力を使って誰かを助けれるんだ。そして……」
クロエの顔がぐりんとリズの方を向く。
「わたしの光はリズ様だったんだ」
「……様はやめてね」
クロエの凄惨な過去など知らないリズの顔には苦笑が浮かんでいた。




