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英雄譚はいつも紅に染まる  作者: パン定食
学園生活
33/92

クロエ

「お父さん、いってさっさーい」

「いってきます。クロエ、いい子にしてるんだよ」


 黒髪の幼いクロエは母親のサラサと一緒に父親の出勤の見送りに出ると、軽装の鎧を身につけた大きな男はその大きな手にすっぽりと納まる程の小さな少女の頭をなでる。

 父親の名はマシウス、その街唯一の騎士団の団長だった。短髪で二メートル近くある巨体で街一番の強さを誇る。だが強面の顔とは裏腹に冗談が好きで豪快に笑い、小さなことは気にしない気持ちのいい豪快な男だったため、部下や街の人の信頼も厚かった。

 少女はそんな父親が大好きで、姿が見えなくなるまで見送るのが日課だった。




 そんなある日、黒ずくめのローブについているフードを頭からすっぽりとかぶった異質な男が街にあらわれた。

 待ちの入り口には関所があり、不審者は街の中には入れないようになっている。どこから侵入したのか、いつの間にそこにいたのか、その男は街の中心部に立っていた。


「さぁ行きなさい、わたしのかわいい子供たち」


 男の手から真っ黒なネズミが二十匹ほど放たれる。そのネズミは地面を素早く這って走ると手当たり次第に近くにいた住人に噛み付いていく。


「痛っ!!」

「何?ネズミ?やだぁ……」

「大丈夫かい?人間に噛み付くなんざ、ずいぶん凶暴なネズミもいたもんだな」


 噛まれた人々が悲鳴をあげ、嫌悪の表情を表すが、その様子が徐々におかしくなっていく。傷口から黒い血管のようなものが体中に広がり、泡を吹き地面にのた打ち回り苦しみだした。


「ぐが……がががが……」

「お、おいあんたたち大丈夫か?医者を、医者を呼んでくれ!」


 近くにいた人たちが助けようと近づくと、先ほどまで苦しんでいた者達が何事も無かったかのように立ち上がる。


「あんたたち、寝てた方がいい。様子がおかしいぞ」

「ぐ、ううう」


 噛まれた者達はうめき声を上げるとふらふらと近くの人々にもたれかかり、首筋に歯を立てる。


「ぐああああ、な、なにをする!」


 噛み付いてきた者を振りほどくと、今度はその傷口から黒い血管のようなものが広がり苦しみだす。そして動かなくなったと思うとまたふらふらと立ち上がり、他の人々を襲い始めた。


「きゃああああ」

「騎士団を呼べー!」


 突如街の中心で起こったパンデミックは、騎士団が到着した頃には被害は拡大し、町全域に混乱が広がりを見せていた。


「一体何が起こってるんだ?」

「わからん、とにかく体中が黒くなってる連中を退治するぞ」

「退治って殺すってことですか? この人たちは町の住人ですよ?」

「お前の目の前で起こってることをちゃんと見ろ! 放っておいたらますます被害が拡大するんだぞ!」


 騎士団の中でも混乱が広がっていたが、団長であるマシウスの適切な指示でまとまりを見せていた。

 訓練された騎士達は人としての理性を失った者たちを次々に退治してゆく。中には見知った顔もあったが、断腸の想いで剣を振るうしかなかった。

 幸い敵の動きは遅く、単調な動きしか出来ないので制圧するのは時間がかからなかった。


「これで被害の大きいところは大体制圧した。あとは各自散って騒ぎを鎮圧しろ。そして騒ぎの原因となった黒いローブの男を見かけたら一人で対応せず複数人でなるべく捕縛を試みてくれ、無理そうなら殺してもかまわん!」


 部下達に命令を与えるとマシウスは真っ先に家族の元へ向かった。制圧している最中も嫌な胸騒ぎが止まなかったのだ。


 マシウスが家に到着するとすぐに異変に気がつく、玄関の扉が壊されていたのだ。

 ある程度制圧できたといっても、まだ理性を失った者たちが徘徊し、混乱が続いている状況だ。マシウスは剣を抜き、警戒しながら家の中を確認するが物音一つしない。

 中へと足を進め、部屋を見回っているが特段変化はない。足音に気を付け、二階へと階段を昇っていると誰かが上にいることに気がついた。


「ああ、そんな……」


 それは変わり果てた姿の妻のサラサだった。

 腕から血を流し、全身に黒い血管のようなものが浮き出ている。サラサはふらふらした足取りで階段を下ろうとするが、上手く降りれずにマシウスを巻き込み階段を転げ落ちた。


「いたた……」


 頭を打ったのか視界がふやけていたが妻のことが気になり目をやると、脚の骨が折れているのかありえない方向に曲がっていた。うめき声を上げ、こちらに這いずり近づいてくる姿には以前の妻の面影もない。


「サラサ……お願いだ、止めてくれ……」

「ウ、アアアア」


 マシウスは尻餅をついたままの状態でうしろに下がるが、理性の無い怪物は這いずり追いかけてくる。

 男の目からは涙が溢れた。そして落ちていた剣を手に取ると、かつて愛した妻だった者へ振り下ろした。

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