オウル
オウルという名は彼女の本名ではない、彼女の父親を殺した男につけられた名だった。
もはや本名は覚えていない。
彼女の一番古い記憶は血を流し倒れている男と、血のついたナイフを手に立っている男の記憶だった。
倒れているのは実の父親だったが、幼かった彼女には何が起きているのか判別がつかず、何故父が殺されたのかもわからなかった。そのせいだろうか不思議と怒りや恨み、悲しみといった感情は湧いてこず、ただ悲しそうな物憂げな男の表情だけが彼女の記憶に深く刻み込まれていた。
それから父親を殺した男は何を思ったのか彼女を連れ去り、育てたのだ。
男の名はジン。
この男の名も本名ではないだろう。
オウルと名づけられた彼女は暗殺の術を教え込まれた。彼の素性などわかるはずもなかったがこれだけは言える、ジンは暗殺者だった。
彼との生活は鍛錬の毎日だった。
厳しい生活の中でジンがオウルに優しい言葉を贈ることも微笑むことも一切なく、逆に彼女が悲しむようなことをすることも一切なかった。
名前と暗殺術を与え、愛情を注ぐことの出来ないジンがオウルに抱いていたのは一体どんな感情だったのだろう?
愛情でも怒りでも怨みでもないそれは、しいて言えば罪滅ぼしだったのだろう。どんないきさつで父を殺したのかはわからないが、まだ幼かった子どもを殺めるような人間ではなかったことだけは確かだ。
オウルもジンに対して愛情も怨みも抱いていなかった。ただこの人は自分を裏切らないという信頼感と、自分がいなくなったらこの男はどうなってしまうのだろうという不安とも哀れみともとれる感情を抱いていた。
それから月日が流れ、ジンの仕事を手伝うようになった。
手伝いといっても簡単なもので、誰かが来ないか見張りをしたり、誰も来ないように工作をするだけの仕事で人を殺めたり傷つけたりする仕事を任せられることはなかった。
その仕事を手伝うようになって一年ほど過ぎた頃だろうか、狙っていたターゲットが逃走しオウルの方に逃げてきた。後ろからはジンが追いかけてきている。
まさか年端も行かない少女が暗殺者の仲間だと考えもしなかっただろうターゲットはオウルの横を通り過ぎようとした。
その瞬間とっさに身体が動いた。護身用に持っていたナイフがターゲットの喉を通りすぎ、クビから大量の血が吹き出す。
その光景を目にした後に気がついた。
あぁ自分は人を殺めたのだと。
不思議と恐怖も高揚感も何もない、心の平穏を保ったまま冷静でいられた。
それはジンに目をやった時、遠い記憶に刻まれていた物憂げなあの表情を夜の月明かりが照らしていたからかもしれない。
それからは人を殺める仕事も任されるようになった。はじめは二人で、しばらくしてからは一人で。
そしてある日、ジンはオウルの前から突然姿を消した。
二人で過ごしてきた部屋の中には一通の手紙が残されていた。
その書置きにはカシシュミナ学園に行けという内容と一言、「すまなかった」とだけの短い文面だった。
オウルの目から涙が溢れた。
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「オウルって言ったよね、あなた……人を殺し慣れてるよね」
「ああ……わたしは暗殺者だからな」




