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英雄譚はいつも紅に染まる  作者: パン定食
プロローグ
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プロローグ1

 芽吹いたばかりの緑が一面に広がる小高い丘に、赤く長い髪をなびかせ少女は立っていた。


 少女の名前はリズ・ホワイト。

 今日は両親と妹、弟の五人でピクニックに来ているのだ。野原を駆け回ったり、妹たちと花の冠を作ったり、母親の作ったサンドイッチとウサギの形に剥いてくれたリンゴをたいらげ、今は頬をなでる風にかすかに漂う花の香りを感じていたところだ。


「おねーちゃーん」


 立ったままぼぅっと眠気を感じていたリズは妹の呼ぶ声に我に返る。


「おねーちゃーん、早くこっちきてー」

「どおしたのアルマ、なにかあった?」

「うん、なんかね、かわいい動物がいるの」


 アルマと呼ばれたリズよりもいくぶん背の低い少女の眼前には確かに可愛らしいウサギにも似た生き物がいた。

 黒と白の模様に長い耳、くりっとした黒い瞳、ウサギと明らかに違うのはねずみのような長いしっぽだ。見ようによっては体の大きなげっ歯類にも見える。


「へぇ、なんだろねこの子? なんていう動物かな?」

「かわいい~、人懐っこいのかな?」


 そういうとアルマはそっと手を伸ばす。


「そいつから離れるんだ!!」


 急に大きな声が響く。様子を見に来た父親が叫んだのだ。


 突然の大声にリズとアルマはこわばり、後ろからやってきた父親の方を振り返った瞬間だった。

 先ほどまでおとなしく様子を伺っていた可愛らしい生き物は突如巨大化し凶悪な姿へと変貌し、涎の垂れた大口を開きアルマに噛み付く。


 次にリズの目に映ったのは、瞬時に肉塊となってしまったアルマの肘から先の右腕と下半身だった。


 飛び散ったアルマの血を体中に浴びたリズは、何が起きたのか把握できずに呆然と立ち尽くしていた。

 変貌した魔物も動きを止め、おそらくアルマの骨を噛み砕く音だろう、ゴリゴリと音をたてリズの様子を伺っている。


 そんな中、真っ先に動いたのは父だった。先ほどリンゴを剥いたナイフを手に魔物に向かい駆け出す。


「リズとリックを連れて逃げろ!! 村に戻って衛兵を連れてくるんだ!!」


 母に向けられた言葉なのだろう。固まり身動きできない様子だった母はその言葉で我に返ると、三歳になる弟のリックを抱き抱えリズに向けて声を張り上げる。


「リズもこっちいらっしゃい!」


 何が起きたのか、頭の整理がつかず立ち尽くしていたリズの肩を掴む父親の大きな手。

 肩を掴まれようやくリズの頭が回りだした。


「リズ、早く逃げるんだ!!」


 言われるがまま小さな足は母親の元へと向かってゆく。


 あれ? 頭が妙にすっきりしてる。でも足がやたら重い……ってかちゃんと動いてるのかな? ずいぶん遅い気がする。走るってどうやるんだっけ?


 混乱した頭の中では未だ整理がつかず、そんなことを考えていたが両の足はきちんと母の元へと向かっていた。母の元につくと手を引かれ、急ぎ丘を下り始める。

 ふと父親の方へ頭を向けると、父よりも大きな体を持つ魔物の横腹にナイフを突き刺している姿が見えた。

 父は二十年近くも村の衛兵として安全を守ってきたのだ。それに小さな村ではあるが、その中でも一番の剣の腕前を誇っていた。


 そんな父が負けるわけない。狭い世界しか知らない少女の中で最も大きな存在である父が負けるなど考えすら及ばなかった。


 その姿が父の姿を映す最後の光景となるとも知らずに――

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― 新着の感想 ―
[一言] しっかりした文章に嬉しくなりました。 また物語の進み方が良い。このまま読ませて頂きますね。
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