わたしの負けだ
八年前、妹の残された右腕と下半身の記憶がフラッシュバックされる。
リズの住んでいた村にいた魔物はユリ・アルカディア率いる兵団にすべて殲滅されたが、妹のアルマを食い殺したウサギに似た魔物は結局見つからず終いだった。
その魔物の姿を目の当たりにしたリズの脳裏に悪夢がよみがえり、胸に穴が開いたようにいくら呼吸しても肺に酸素が届かない。
「どうしたの?」
突然呼吸を荒くし、うずくまるリズをモモが心配していた。
「わたしは魔獣使い、あまりこの子たちは使いたくないのだけれど、ミコトさんは強敵だからね」
すでに臨戦態勢なのか大きい姿の魔獣の頭をなでながらガルシアが言うと、先ほどまでうずくまっていたパイが起き上がる。まだ傷むのか、みぞおちを押さえ苦しそうだ。
「ミコトさんの言ってた呼吸って丹田呼吸法のことアルよな?わたしも武道家の端くれ、名前くらいは知ってるアル」
「でもやり方がわからないアル。教えてほしいアル」
「ははは、戦いの最中に敵に教えを請うか。いいだろ、まずへその下辺りに意識を集中しろ。姿勢は楽に、肺でなくお腹で、全身に酸素がいきわたるよう呼吸しろ」
ミコトが実演しながら説明するとパイも動きを真似、教えを実行した。
「まぁ言葉で簡単に説明しただけで出来るようになるとは思わないけどな、これから何年もかけて身につけていくものだ」
ミコトは笑いながら実演を解くとパイの異変に気づく。吊り目のパッチリとしてる目がとろんとしてる。
「えっ、まさか入った……?」
ミコトが口を開くなりパイが襲い掛かってくる。
先ほども見事なコンビネーションを魅せていたが、身体能力が向上しているのか鋭さと速さが増している。
「えっ、ちょ……マジで!? ……こいつは天才かもしれない」
原石を発見したという期待の表情をしつつも慌てて応戦するが、今度は様々な方向から矢が飛んでくる。矢を放ったのはもちろんルルティアである。
「わたし自身と矢に翼の路をかけたんです。今度は正規の使い方でね、これで速度は二倍ですよ!」
パイの攻撃を退けつつも、ただでさえ速い矢の速度が倍になったことで、たやすくかわしていたミコトでも気が抜けなくなっていた。
「それじゃそろそろ自分たちもやろうか」
ガルシアが飼いならしている魔獣にまたがり、声をかけると「ブウウウ!」と勢いよく鳴いた。
それからはガルシアとその魔獣、パイが代わる代わる攻撃を仕掛け、ルルティアが動き回り矢を放つ。先ほどよりも手数と速さが増し、ミコトも攻撃をさばきながらデコピンで反撃するがさすがに苦戦しているようだ。
「くぅ~、ここまで手こずるとは思ってもなかったね。でもまだまだだ!」
そう言うと攻撃を仕掛けてきたパイの脚をつかみガルシアに投げつける。
パイをたたきつけられ、ガルシアたちの動きが止まったその瞬間、二本の矢が放たれた。が二本の矢はミコトとは違う方向に向かっている。
<なんだ? ミスったか?>ミコトがそう思った時、首に衝撃が与えられた。
「ウグ……なんだ?」
首を押さえ、よく見ると二本の矢の間には見えにくい透明な糸のようなものが結び付けられていた。
「射手舐めないでくださいね。これでもいろんな技術持ってるんですよ」
ルルティアがドヤ顔をするとミコトの顔が一気に青ざめる、もしバリアがなかったら胴体とこの首は繋がっていただろうかと考えたからだ。そして頭上の数値がこの戦いの中ではじめて減少した。
その一瞬で出来た隙を見逃さなかったのは魔獣だった。
爪による一撃を加えるがさすがにそれは避ける。ふと魔獣の背中を見るとガルシアの姿はなく、魔獣の影からいきなり現れミコトが避けたその先を狙い鞭が放たれる。
バチッ!
という音とともにミコトの数値が更に減少した。
すぐさま入った状態のパイが無意識のまま攻撃を続けようとするが、それをするりとかわし首に手刀を加え気絶させた。
「ふー、まいった! わたしの負けだ」
突然の降参宣言にガルシアとルルティアの二人は目を丸くする。エルザも意外だったのか試合終了の合図が少し遅れる。
「いやー強い強い。まさかダメージ食らうとは思ってなかったよ。結局指以外も使っちゃったしな」
そういうとパイを抱え、ガルシアとルルティアの元にやってきた。
「まずガルシア、君の魔獣はよく調教されてるね、ここまでの連携を取れるようになるまでの努力は計り知れない。まだ他にもいろんな魔獣を隠しているんだろう? ルルティー、君の意外性と技の豊富さには驚かされた、頭も回るし思い切りがいい」
どうやら講評会がいきなり開かれたようで二人は顔を見合わせる。
「でも二人とも地力が足りてないな。特にルルティーはかなり無理してるだろう? 立ってるのがやっとなくらい魔力消耗してるはずだ、矢一本一本に魔法を施すなんていくらなんでも無茶だ」
心の中で<ルルティー?>と首を傾げたが、いわれたことに関しては正論だったので素直に「はい」と答える。
「パイも地力がまだまだ足りてないけど、この子すごい才能の持ち主だよ。言葉だけで丹田呼吸法が出来るとはなんてね」
「あ・・りがとうアル」
目を覚ましていたのかミコトの肩に担がれたままのパイが反応を示す。
「聞いてたのか……調子に乗りそうだから本人には言わないでおこうと思ってたんだけどな」
「さっき入ったって言ってたのは何アルか?」
はははと笑うミコトにかすれた声で尋ねる。
「ああ、記憶がぼんやりしてるだろう? あの呼吸法は慣れてないとたまにああなる。わたしは《スイッチが入った》って言ってるんだけどね。集中力が高まりすぎて感覚が過敏になってしまうんだ、だから普段以上に身体が動く。で今はその反動で身体が悲鳴をあげてるから全く動かせなくなってるはずだ」
「そのとおり・・アル」
そう言うと、もう限界だったのか目を閉じ寝息を立ててしまう。
その姿をほほえましく見つめると「さぁ、もう休むぞ。わたしも疲れた」といいパイを医務室に運んでいった。




