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よろしくお願いいたします!
「まぁ、お二人ともなんてお可愛らしいの!」
「とってもよくお似合いですわ。」
「まるで天使が地上に舞い降りたようですわ!」
メイド達は興奮した様子で口々に2人を褒めた。
レティシアとユリウスは、魔法が編み込まれた糸で織られた白いローブを身にまとっていた。2人とも全く同じデザインで、ふんわりと足元まで広がる形のローブに、魔力を浴びた希少な植物で編まれた冠のような輪の髪飾り、そしてシンプルな足首までの白い履物。
プラチナブロンドとエメラルドグリーンの瞳が、より一層儚さや神秘さを醸し出し、メイド達の言う通り天使の様だった。
「ほらほら、あなた達、いつまでも騒いでいないの。」
はしゃぐ若いメイド達を嗜めたのは、ずっと側で2人の身を清めるための湯浴みから着替えまでを取り仕切っていたユラシル夫人だった。
「こうしてお揃いのお召し物を着られると、本当にそっくりですわ。お小さい頃から見てきた私でも見間違えてしまいそうで心配です。そして、儀式用の伝統の衣装がお二人によくお似合いですわ。メイド達が騒がしくなるのもしょうがないと言ってしまいそうになるくらいです。」
「みんなが口々に褒めてくれるから、照れてしまうわ。」
「そうだね。流石に、天使は言い過ぎだと思うけど。」
レティシアは、いつもは結んだり編まれたりしている髪を解いてあり、腰まで綺麗に下ろしてある。
ユリウスも、肩口まである髪を結ばず下ろしてある。
神聖な儀式なので、パーティーでの服装とは違い、華美な装飾やアクセサリーなどはなく、かなりシンプルなのだが、かえってそれが2人の素材の良さを引き立たせ、美しさを際立たせている。
もともとそっくりな2人だが、普段とは違い揃いの衣装を見に纏っているせいで、髪の長さ以外で見分けるのは難しい。
ユラシル夫人が見間違えそうと心配になるのも頷ける。
実際には、2人がお遊びで入れ替わって遊んでいた際でも、ユラシル夫人が2人を見間違えたことなど一度もなかったのだが。
「あんなにお小さかったお二人がこんなに立派になられて、儀式を受けるだなんて、、、。」
そう言ってユラシル夫人はハンカチで目元を押さえた。
「ユラシル夫人…。」
普段は毅然とした態度のユラシル夫人が、目を潤ませている様子を見て、ユリウスもどこか誇らしそうな表情をしていた。
(いいな…。私もローナに側にいて欲しかったわ。そしてこの綺麗な衣装も見せたかった。)
ローナはレティシアの乳母だったが、半年前に夫の領地に帰ってしまっていた。
ユラシル夫人のことを慕っているのは本当だが、生まれた時から一緒にいたローナを恋しく思ってしまうのは致し方ない事だろう。
王族にとって本当の意味で心を許せる相手はそう多くない。国や時代によっては、親兄弟ですら牽制しあい、時には殺しあったりするのだから。
幼い2人にとって、接触できる人物は限られているし、その中でも親しみを持って2人を子供として扱ってくれる人物などそうはいない。
そして、ユラシル夫人やローナは、血筋、政治的立場、教養、どれをとっても直系の王族の乳母になるのに相応しい人物であった。
常に周りから一挙手一投足を見られている大国の第一王女が素直に心から甘えられる相手などそうはいない。
ユラシル夫人とユリウスの様子から、ローナのことを思い出してしまったレティシアは、不安と寂しさを感じずにはいられなかった。
「さあ、お二人とも、そろそろお時間です。」
先程まで目元を潤ませていたユラシル夫人は、いつの間にかハンカチをしまってキリッとした表情に変わり、テキパキとした様子でメイド達に指示を出し、2人の出発の準備を整え終えていた。
準備に携わったメイド達全員を連れて歩くわけにはいかないので、この部屋に残る者は一度作業の手を止め、2人を見送るために膝を着き、礼をとった。
1人の、この中では身分も高く、ユラシル夫人からの指示を束ねていた者が代表して口を開いた。
「行ってらっしゃいませ。」
「ありがとう。」
「行って参ります。」
ユリウスとレティシアは順番に告げた。
着替えを終えて出発する度に、いつもメイド達がこのように膝を着いて礼をとっているわけではない。
今日の儀式が国を挙げての式典などと同じくらい王族にとって正式で重要性があることをこの場にいる全員が理解していたので、メイドたちそれぞれが誰から指示を受けるわけでもなく、この様な形になったのだ。
この儀式は、国民や貴族に知らされるものではなく、ひっそりと行われる。
秘密裏にというわけではないが、表立って儀式のことを話すのは憚られている。
この場にいるメイド達も、若く、はしゃぐような面もあるが、基本的に身分や能力が高く、職務上の守秘義務をきちんと守れるくらいには有能な者達だ。
もっとも、それらは王族に迎えるのには必要な条件なのだが、それだけではなく、この幼いながらも聡明な王子と、懸命に努力する王女に仕事以上に心を砕いて仕えている者は少なくない。
(なんだか緊張するわ…。きちんとやり遂げなければ。)
どこか、パーティーや夕食での高揚感のままでいたが、衣装を見に纏い、メイド達の様子を見て、儀式をするという実感がじわじわと湧いてきていた。
儀式と言っても、生贄を捧げたり、大きな魔法陣を書いたりするような仰々しいものではないが、王族の固有魔法を得ることと、王族として成人するのに必要な儀式となれば、内容の難易度に関わらず、重要性は高くなってくる。
今まで失敗した例はないと言われていれば尚更だ。
レティシアが緊張し始めた空気を察したユリウスは、進む足を止めずに、優しく手を握った。
「大丈夫だよレティ。僕達は2人で儀式を行うんだから。絶対失敗なんてしないよ。」
「えぇ…。でも、お祈りの言葉を間違えてしまわないかとか、ローブの裾を踏んづけて転んでしまわないかとか、余計なことが心配になってくるわ…!」
「お祈りの言葉はたくさん練習したし、儀式を行う神殿の部屋は、僕らしか入れないように特別な力が働いているのだから、もしレティが転んでも誰にも笑われたりしないよ。」
「そうよね…。なんだか最近心配しすぎな気がするわ。いろんなことが気になってしまって、良くないわね。きっと考えすぎなのよね。」
「よくない、なんてことはないんじゃないかな?レティは自分なりにいろいろと考えているわけだし、心配だからたくさん準備をするのだって、結果的にいつも役に立っているでしょう? だから、大丈夫。何よりレティには、僕が着いてるんだから。」
そう言って微笑んだユリウスは、自分とそっくりなはずなのに、自分はこんな表情ができたことはないだろうなというくらい、自信と慈愛に満ち溢れていて、レティシアの緊張をゆっくりと解かしていった。
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