偽り王子の過去
ドォォーン!!
戦時中でもない穏やかな昼下がりの王宮には、似つかわしくない音が発せられた。
「きゃあ!!」
平和な王宮内に相応しくない、物騒な爆発音が発せられたと思えば、今度は煙がもくもくと立っている。
「なっなんですか今のは!!」
若いメイドが血相を変えて上司である年上のメイド長に聞いた。
「あら?あなたはまだここに来て日が浅いものね…。これは双子の殿下達の魔法の授業よ。」
「魔法!?って確か、殿下達ってまだ9歳ですよね!?その年でこの威力ですか??」
「そうよ。お二人ともとても優秀でいらっしゃるのよ。」
新人のメイドが入ってくるとだいたい同じことが起きるので、メイド長は慣れたように返した。
*
「ユリウス殿下!!素晴らしい威力です!一番お得意の氷属性の魔法ではなく、火属性の魔法でこの威力とは!宮廷魔法師団顔負けですな!!」
黒いローブに黒い靴。服装に似合わないテンションの高いこのアルベルトという男は、半年前からユリウスとレティシアの魔法学の授業を教えている。魔法学の授業では魔法の成り立ちや実践を行なっている。アルベルトは、毎回しきりにユリウスを褒める。ユリウスの実力が高いのは事実だが、とにかくユリウスを褒めまくる。
「ありがとうございます。ですがもし僕がすごいのであれば、レティシアもです。だって防御魔法で僕の攻撃魔法を完全に防いだんですから。」
「そうですな…!さすがユリウス殿下の妹君です!」
ユリウスは自分が褒められていてもレティシアのフォローも忘れない。だが、そのフォローの上からさらにアルベルトが褒める。というのがここ半年のお決まりの流れだった。
そしてそれをレティシアはいつも黙って眺めていた。
(もう…。ユリウスったらわざわざわたしの話を出さなくたっていいのに…。ユリウスがすごいのは本当の事なんだし、わたしの魔法はユリウスのと違って目立たないもの。)
ユリウスとレティシアはそっくりだった。プラチナブロンドの髪にグリーンの瞳。陶器のような白い肌。そして美しい顔立ち。違うのはレティシアの髪は腰ぐらいまであることと、レティシアの方が大人しい雰囲気というくらいだ。もっともう少し幼い頃は二人とも同じくらいの髪の長さだったので、入れ替わったりしてメイドを驚かせて遊んだりもしていた。
「そろそろ授業は終わりの時間ですね。アルベルト先生失礼します。ほら、レティ!行こう?」
そういってユリウスはアルベルトの返事を待たず、レティシアの手を引いて魔法の練習をしていた中庭からそそくさと去っていった。
引きずられるようにしてなんとかついて行くレティシアは、ユリウスの背を眺めながら言った。
「どうしたの?お兄様。アルベルト先生のお返事聞かなくていいの??」
「いいんだよ。だってあの人、毎回僕のことばっかりだし、同じような感想しか言わないし。」
「それはだって、お兄様がすごいから仕方ないわよ…。」
「そんなことないよ!」
ユリウスは振り返ってそう言った。
いつもは決して荒げたりしない声を、少しきつい口調にしてしまったのを気まずく思ったのか、ユリウスは黙ってしまった。
(どうしたのかしら…お兄様…。)
そのままレティシアはユリウスに連れられて歩き、いつの間にか王族専用の中庭にたどり着いた二人は幼い頃からしているように、手入れされた芝生の上に並んで座った。
そしてユリウスが口を開いた。
「僕がすごくてレティシアがすごくないなんて、そんなことは絶対にないんだよ。僕達は双子で、魔力量や質に大差があるわけじゃないってシリウス先生も言っていたじゃないか。」
シリウスというのは、前任の魔法学の講師で、二人を幼い頃から指導していた。二人を公平に扱い、二人の特徴をよく知り、そしてまた二人からも信頼を寄せられていた。
魔力量と質はだいたい生まれ持ったもので決まる。魔力量は修行などによって増やせることもあるが、並大抵の努力ではそう多くは増やせない。質を変えるのはもっと困難だ。そして、魔法を使う上で大切なのはどの方向に魔力を扱う修行をするか、言わば魔力を使う方向性を決めるのだ。
この世界の魔法は大きく分けて、攻撃魔法と無属性魔法の二つだ。攻撃魔法は火、氷、土、雷、水属性の五つの種類がある。どの属性が得意かは、本人の質によって変わる。
そして無属性魔法は、防御魔法、治癒魔法、付加魔法、の大きく三つに分けられている。攻撃魔法と違って属性に分けることが難しいためこう呼ばれている。攻撃魔法に比べて、こちらの方がより細かな魔力操作が求められるので魔力量が多ければいいわけではない。かといって、攻撃魔法の習得の難易度が低いかと言われればそうではない。いくら魔力量を多く持っていてもそれを放出するのには制御力は必要で、その反動に耐え得る体力と精神力も必要である。攻撃魔法とそうでない魔法は魔力を使う方向性が違うので、どちらも極めるのにはかなりの努力と才能が必要になる。なので多くの魔法使いは、どちらかより得意な方を伸ばし、そうでない方は最低限だったりする。適材適所というやつだ。
簡単に言うと、強い攻撃魔法は大砲を打つようなもので、多量の魔力を如何に制御しつつ威力を保持して放つか。
繊細な無属性魔法は刺繡をするようなもので、細かい魔力を張り巡らし組み上げて一つの形にする。
それくらい違うものなのだ。
魔力を使う方向性というのは、本人の性格、才能などに左右される。努力によって変えられるものではあるが、やはり極めようとすると才能の必要性は否定できない。
「僕もレティも生まれ持った魔力量と質はほとんど変わらないんだ。僕は魔力を多く放出する攻撃魔法が得意なだけで、レティみたいに細やかな魔力操作が出来ないからレティほど無属性魔法は使えないよ。だから、僕がすごいならレティだってすごいんだよ!」
「お兄様……!」
レティシアはその大きなグリーンの瞳を潤ませた。
「あとレティ、その"お兄様"っていうのはなに?」
「だって、新しいマナーの先生にお兄様は王になられるお方だから、気軽に名前を呼んではいけないって言われたのよ。」
「そんなの気にすることないよ。王になるとかそんなの関係ない。僕たちは双子で一緒に生まれてきて育ったんだ。これからも一緒だし、その僕達の関係に文句なんて、誰にも言わせないよ。」
「ユリウス…!大好き!」
レティシアは思い切りユリウスに抱きついた。ユリウスは少し驚いたような顔をしたが、すぐに抱き返した。
「レティ。大好きだよ!」
そしてそのまま二人は顔を合わせて笑いあった。二人のプラチナブロンドが夕陽に反射してきらきらと輝いていた。
ちょうど一年ほど前から、ユリウスとレティシア付きの講師陣が少しずつ代わり、半年前には幼い頃からユリウス達を教えてきた講師陣は誰一人いなくなった。そしてその一年前から、ユリウスとレティシアの扱いが分かりやすく変わり始めたのだ。王子が上の王位継承権を持つのはこの国では当たり前だ。だから将来的に、レティシアが女王になることはユリウスがいる限り、絶対にないことだろう。だから将来王になるであろうユリウスをレティシアより優先的に扱う者は昔からいなかったわけではない。ただ、この一年でそれが露骨に現れるようになってきたのだ。そのことにユリウスは違和感を抱き、レティシアは自分に対しての自信を無くしはじめていた。
ユリウスは歴代の王の幼少期と比べても特に優秀で、座学、魔法、剣技、全てが同年代の子供とは比べられないほど出来が良く、次期国王として期待されていた。レティシアも決して落ちこぼれているわけではない。他の同年代の子供と比べて優秀だし、ユリウスと一緒に授業を受けているのだ。その授業についていけてるだけでも十分優秀と言える。ただ、ユリウスが優秀過ぎて目立たないだけだ。なので多くの貴族達は、目立つユリウスにばかり目が行き、レティシアは特別優秀ではないと思ってしまっている。
「レティ、せっかくだし今日は一緒にお風呂に入ろうよ!」
「ユリウス…。いいけど急にどうしたの??」
「ほら、明日は僕達の10歳の誕生日だろ??10歳になったら一緒には入らせてくれなくなるかもしれないし…。」
「…そうね。じゃあ一緒にはいりましょ!!」
「夜は久しぶりに一緒に寝よう?夜まで本を読もうよ。」
「そうね!たくさんお話もしましょう??」
今日は二人の9歳最期の日なのだ。10歳の誕生日からはユリウスとレティシアの教育内容に少しずつ違いが出てくる。今までは二人ともほとんどの授業を一緒に受けていたが、明日からはユリウスは国王になるためにより帝王学などに重きを置いた授業内容になり、レティシアは立派な淑女になるためのマナーやダンスのレッスンが増える。それに伴って今まではたまに一緒に入っていたお風呂も入れなくなるだろうし、二人で遊ぶ時間も減る。二人とも誰に言われたわけでもないが、周りの話を聞いたりしてなんとなくわかっているのだ。
二人の誕生日会は国を挙げてというほどではないが昼間に貴族達を招いたパーティーを行い、夜は国王と王妃と共に晩餐会をする予定だ。
いつもなら公務で忙しい国王と王妃と共に夕食がとれる機会などないので、二人とも楽しみにしているのは言うまでもない。
「あら、お二人ともこんなところにいらっしゃったんですか?…あら、お二人ともお召し物が汚れてしまってます。そろそろお部屋に戻って、お夕食の前にお着替えいたしましょう。」
二人とも芝生の上にそのまま座っていたので、ドレスやズボンに草がついてしまっていた。
「レティ、ユラシル夫人が呼んでいるし、そろそろ帰ろうか。」
「そうね!はやくお着替えしてお夕飯食べなくちゃ!わたしお腹空いてしまったわ!」
「お二人とも今日は魔法の授業の後何をなさっていたんですか??」
にっこりと二人の手を引きながら訪ねてきたのは乳母だ。ユラシル夫人は王妃の昔からの友人で、侯爵夫人である。乳母とは言っても、もともとはユリウスの乳母で、レティシアの乳母は今王宮にはいないため、二人のお世話をほかのメイドと共にしている。厳しい一面もあるが、優しく温厚で二人からとても慕われていた。
「今日はユリウスと一緒にお風呂に入って、一緒に寝たいのだけど、いい??」
レティシアが控えめに尋ねると、ユラシル夫人は微笑みながら
「もちろんです。お二人とも仲良しですものね。ではそのように用意しますわ。」
「「ありがとうございます!ユラシル夫人!」」
二人の陽だまりのような笑顔はとてもそっくりだった。そんな天使のような笑顔を見て、夫人だけでなく、周りにいたメイド達もつられて笑顔になってしまっていた。
そして二人は一度部屋に戻り、着替えてから二人で夕飯を食べ、メイド達に手伝ってもらいながらお風呂に入り、ベッドに二人で潜り込んだ。メイド達が下がって二人きりになると二人で本を読み、そしてたわいもない事を話した。
「ねぇユリウス?明日はお誕生日ね。」
「そうだね。明日の夜はお父様とお母様と四人で食べれるね。」
「明日から、ユリウスと一緒に居られる時間がどんどん減ってしまうのね…。」
「レティ、寂しいの??」
ユリウスがいたずらっぽく笑った。
「そ、そんな事ないわよ!わたしだって一人で授業くらい受けられるわ!」
レティシアが頬を膨らませてぷいっとそっぽを向くと、ユリウスは少し悲しそうな顔をした。
「そっかぁ…。レティは寂しくないんだね。」
残念そうに言うユリウスを見てレティシアは焦ったように顔をユリウスの方に戻した。
「そ、そんなことないわ…!…ユリウスだって寂しいんでしょ??」
「寂しいよ。だって今までずっと一緒だったから…。」
ユリウスは優秀過ぎる上に普段落ち着いているため大人びて見えるが、レティシアと二人きりになると年相応の感情を見せるようになる。レティシアも周りに誰かがいると最近は自信のなさから大人しくしているが、二人きりになるともとの明るさを取り戻す。
「でも大丈夫よ!ユリウス。一緒に居られる時間が減っても、離れ離れになるわけじゃないわ!」
「そうだね!」
「せっかく二人なのだし、楽しい事を考えましょう!えぇと…、明日のお誕生日会用に作ったドレスを着れるのが楽しみだわ!」
「そうだね、僕たちの誕生日会用に衣装を新しく作ったんだったね。」
「そうなの!お母様が一緒に色を選ばせてくれたのよ!ユリウスの分も!」
「僕はまだ採寸だけで見れてないから、楽しみだなぁ!」
二人はいろいろな事を話しているうちに夜は更けていき、気付かぬうちにそのまま寝てしまった。
明日二人の運命を変える重大な事件が起こることなど、天使のような寝顔の幼い二人が、知るはずなどなかった。
読んでいただきありがとうございました!
ブックマークいただき、本当にありがとうございます!