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先日上げた分を消してしまったので再投稿です。
申し訳ございません!
どうぞよろしくお願いいたします。
久しぶりにゆっくりと入浴を済ませたレティシアは、上質な絹で作られたゆったりとした部屋着に着替えた。シャツは身体のラインを拾わない裾にかけて少しふんわりと広がるような形になっており、脚衣は締め付けのないように工夫が施され、すらりと伸びる足を足首まで覆い、上半身に比べるとストンとした形になっている。
普段は陶器の様に白い肌も、今は頬が薄っすらと桃色に染まっており、肩より少し上で切りそろえられたプラチナブロンドの髪は、まだほんのりと湿っている。
ユリウスとしてふるまっている時のの妖精の様に美しくも中性的で”非の打ち所がない王子”の様子とは違い、柔らかい年相応のあどけなさが伺える。
ローナを下がらせ、一人になったレティシアは少しの間夜風にあたるためにバルコニーに出ることにした。
(一人で星を眺めながら考え事を整理したりするこの時間が好きだわ。)
ユリウスが眠りについてから、王女や王子としてでなく、ただのレティシアになれる時間は夜のこのバルコニーでしかなかった。
王宮の中でも王族のみが住まう区域があり、その中の一つの宮を今はレティシアが第一王子の宮として使っている。
王と王妃、第二王子である弟の住まう最奥の宮からは少し離れていて、王族用の居住区の入り口からほど近い。
ユリウスが眠っているのは、本来レティシアが賜った宮で、父王達の住まう宮のすぐ近くである。
当然最奥の宮に近いほうが警備も厚く、複数の高度な結界に覆われている。
本来であれば第一王子として賜る宮も最奥に近いものになるはずだったが、自ら申し出て遠ざかっている。
ユリウスとして暮らす以上、五年前にユリウスを襲った犯人がまた暗殺に来る可能性もあり、
父王と王妃、まだ幼い第二王子、レティシアとして離宮にいる眠ったままのユリウスを巻き込んでしまわないよう、離れた場所で過ごすことにしたのだ。
あわよくばその時の犯人が暗殺に来てくれれば、捕らえて尋問できるかもしれないという狙いもあり、囮になるつもりでいるのも事実だ。
(とは言え、この五年間に来た数人の暗殺者は尋問も拷問もして背景を調べけれどすぐに裏が取れたし、全く関係がなさそうだったのよね…。そもそもあの時襲ってきた者は今迄ここにに来た数人の暗殺者とは比べ物にならない程手練れだったわ。同じ依頼主が違う暗殺者を送り込む可能性もあるけれど、目的が暗殺なのであれば暗殺者の質を下げるような真似はしないでしょう。あのレベルの手練れを送り込める者などそうそういないもの。それに、五年前、かなり明確な目的をもって送り込んだのでしょうし、それが果たされていないのであれば絶対にまた何か仕掛けてくるわ。)
身に危険がないのはいいことと言えば良い事なのだが、ユリウスを目覚めさせる手がかりが掴めないのは大いに困るのでどのようにして様々な可能性を上げ、思考を整理しつつ犯人を釣る為の新たな案を考えていると、強い風が音を立てて吹いた。
(流石にまだ夜風は冷たいわね。風邪をひいてしまってはいけないし、身体を冷やす前に中に入って寝ましょうか。)
そう思い、視線を空から落とした時だった。
ガサリ と茂みの方から音がした。
(何!?暗殺者!?)
咄嗟に部屋の中のバルコニー扉近くに立てかけてある護身用の剣に手を伸ばす。
王族用の居住区だ。ウサギやネコなどの動物である可能性はかなり低いし、この様な大きさの音を立てる大きさの生き物などそうそういない。
(この距離なら魔法で対応できるわ…でもあまり騒ぎにはしたくない…。)
魔法の威力は調節でき、速攻魔法などの近距離用の物もあるのだが魔法戦は隠密性に欠けるしあまり建物などにダメージが残ると隠蔽も簡単ではない。
それに、手練れの暗殺者だった場合、魔法をよけられ一気に距離を詰められた際に速攻魔法や結界魔法で対応するよりも剣で応戦した方が確実な場合もある。
相手の剣の速さと自分の魔法の展開速度を比べた時、間に合わないことも十二分にあり得るのだから。
警戒していると、音が近づいてきたかと思えば、人影が見えた。
(来る!)
護身用の剣を鞘から抜き身構え、臨戦態勢をとる。
普通の剣より短く、短剣よりは長いというレティシアに合わせた特注品だ。
地上からバルコニーまで、普通の人間が飛び越えるのは無理があるが、魔法と身のこなしで飛び越えられなくはない高さだ。
人影は木々の合間から動かない。
(こちらの様子をうかがっている?魔法の詠唱でもしている?…それにしてはなんの魔法の反応も感じないわ。)
レティシアがそう警戒していると、その人影が動き、バタリと倒れた。
(!?)
そして動く様子もこちらに向かってくる様子もない。
(…罠?)
訝しむレティシアだったが、このまま硬直状態を続けるわけにもいかないので様子を伺ってみることにした。
「炎よ」
手から火が出たように見えるが、実際に手から出たわけではなく、手から魔力を出しそれを炎に変換しただけだ。
作った炎の玉を倒れた人影の方に手を差し出して送り、目を凝らす。
ユリウスからその人影までおよそ三~四メトルといったところか。
そうして照らされた人影は、暗殺者には似つかわしくない暗闇の中でも炎に薄っすらと照らされただけで太陽から光を得た満月の様に輝くブロンドの髪、遠目からでもわかる整った顔立ちと手入れが行き届いていそうな白い肌、昼間に見た冬の晴れた日の空色のようなアイスブルーの瞳は、今は瞼が苦し気に固く閉じられているので見えなかったが、紛れもなく隣国の美しい王子、アルトであった。
(アルト!?なんでこんなところに?)
理由はわからないが隣国の王子がこのような夜更けにこんなところで一人倒れているなどただ事ではない。
予想外の事態なので完全に警戒を解いたわけではないが、バルコニーから飛び降り、念のため魔法を使って着地の衝撃を和らげる。
アルトに駆け寄り、片膝をついてしゃがんで覗き込んだ。
「アルト!大丈夫ですか?」
周りに人の気配がなく、彼の手や装備にすぐに取り出せそうな武器がないことを簡単に確認した後、うつ伏せで倒れている彼に声を駆けながら手を伸ばすと、ぐいと力強く引っ張られ、視界が反転する。
「…誰だ?」
(な!?)
警戒と攻撃的な意思がはっきりうかがえる声がアルトから発せられたかと思えば、声を発する間もなく、レティシアは組み敷かれ下からアルトを見上げる形になった。
アルトは意識が朦朧としているのか、昼間と同じ人物とは思えない冷たい色の焦点の合わない瞳でこちらを見下ろしていた。組み敷いたまま、右手でユリウスの両手を封じ、左手はレティシアの首に伸びている。
「アルト!僕です。ユリウスです!」
初めて組み敷かれた驚きと、明らかに普段通りでない様子への焦りと、とにかくアルトの正気を取り戻すために精一杯声をかけた。
「…ユリ、ウス?」
ぼんやりとしているようだが、段々と瞳から彼の意識が浮上しているのが見えた。
「はい、ユリウスです。アルト。」
首に手をかけられたまま、しっかりとアルトの目を見ながら落ち着かせるように答える。
彼の瞳から警戒の色がなくなったかと思えば、両手をレティシアから離し、ドサリとレティシアの上に倒れこんだ。
アルトのさらさらの髪がレティシアの頬にかかり、消え入りそうに息を吐きながら
「すまない、ユリウス。どうか人を呼ばないで…。」
そう声を発したかと思えば、レティシアの上でアルトの強張っていた身体の力が抜けていくのがわかった。密着させられた身体からはトクトクと規則正しいアルトの心臓の音が伝わってくる。
彼女の両脚はアルトの足と交互になるように挟まれ、ずっしりと自分とは明らかに違う質量の身体で腰が押さえつけられて、身動きが取れなくなっていた。
(えぇ!?ど、ど、ど、どうしましょう!?)
レティシアは余りの事態に何が起こっているのか把握できず、ぱくぱくと鯉の様に口を開け閉めさせながら、自由になった両手をどうしたらいいのかわからず泳がせていた。
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