九十四話 国境での虐殺
砦一つを落とした男は、その日一日は誰もいなくなった砦で一人食事をして眠った後、再び獲物を求めて彷徨い歩き出した。
そこに運悪く商隊が通りかかった。
小国とはいえ人からしてみれば広大な土地を行き来し、国内の物資を動かす役目を持った一族経営の商隊だ。
規模は商隊としては大きい方で、金にも余裕がある為護衛はつけていたが、それでも神から力を与えられた男からして見れば塵芥も同然だった。
「死ね! 死ね死ね死ね死ね!! アーヒャハハハハハハ!!」
数分も経てば、そこに散らばるのは肉塊だ。
男も女も、子供も老人も、まだ母親の乳を食事としている赤ん坊も、商隊の荷物を牽引していた馬だろうと関係ない。
男の目についたのなら殺す。
感情はあるが、男は既に『殺す事』に取りつかれ、それを永遠に繰り返す”殺人マシーン”と成り果てた。
そんな男の目に留まってしまった彼等は、不運だったとしか言えなかった。
「……チッ! この程度じゃ足りねぇなァ。……そういやぁ兵士がいるって事は偉い人間もいるって事だよなァ? 多く人を殺すならそっちだよなぁ? あー……なんか良いスキルなかったかなァ?」
男は散らばった肉塊の内一番大きな肉塊を踏みつけながら、ゲーム内で自分が覚えていたスキルを思い出し始める。
ゲーム内でPKをしていたが、その際に取ったのはPKに一番似合う”暗殺者”ではない。
「【魔力感知】……いや、【気配察知】か? ……いや、ゲーム内じゃ効果範囲なんてたかが知れてたから、ここは【千里眼】で行くか」
男はぶつぶつ呟いた後、自分が持つ【千里眼】のスキルを使用する。
眼を閉じると、先程まで自分が見ていた光景を見る事が出来た。
その光景が、徐々に前に進み始める。
少し独特な感覚を覚えるが、それも些細なモノだった為、気にしない。
「……兎に角道順に行ってみるか」
整備された――それでも男がいた世界よりは遥かにボロボロだ――道を進む。
森があり、そして幾つかの街があり、そして――
「……見いぃつけたぁああああ」
ニヤリと、醜悪な笑みを浮かべ男は笑う。
巨大な城、それを囲む城壁、そして賑わっている街。
その周囲を殺した兵士と同じ格好の兵士達が巡回している。
「あぁ、あぁ……最っっっ高だァ。数百? 数千? ……そんなんじゃねぇ。数万、十数万、数十万って類だなァ。……イヒヒ、キヒヒヒヒヒヒ!!」
賑わっている街の中を進み、衛兵が守る城へと侵入する。
街を行く人々より高そうな衣服を着た男達、メイドの恰好をした女達、鎧を着た兵士達。
そして一番広い場所、それを見下ろす様に一段高い場所に設置された豪華な椅子。
そこに座っている人物は、如何にもファンタジーものに出てくる王様だ。
王冠を被り、偉そうに
「王様かァ……。殺せばどうなる? どうなる?」
男は想像する。
男が恐らく今いる国、その統治者である王を殺せば、どうなるだろうか?
王を殺す――権力者を殺す事は、普通の人間を殺すのとどう違うのだろうか?
自分は偉いと思ってる人間は、自分が死ぬとわかった瞬間、どの様な表情を浮かべるのだろうか?
国を滅ぼした時、自分は何を感じるのだろうか?
「――ヒヒッ! いいねぇいいねぇ! 愉しくなって来たなァおい!!」
男は【千里眼】を止め、眼を開けて空を仰ぐ。
「さぁて、先ずは一国滅ぼしてみますかね。……こんなに殺せるなんて神様有難う御座いまぁああすぅぅうう!! ハハハハハハハハ!!」
ただの”殺人鬼”に成り下がった男の狂気が、一つの国を呑み込もうとしていた。
一方、国王の命を受けたローデンタリアの国境の関所では、既にその命を守る為に動き始めていた。
入国は相変わらず厳しい。
元々閉鎖的な国の為、窮地においては軍事力にもなりうる冒険者は兎も角、スパイになりうる他国の商人等は殆ど通す事はない。
その冒険者も、入国を許されるのは殆どがローデンタリア出身だ。
旅行者も、移住者も、厳しい検査を受ける事になる。
「――出国出来ないとはどういう事だ!!」
「そうよ!! 何もしてないのにどうして出国しちゃダメなの!?」
子供を連れた家族、お金を持っていそうな商人等出国しようとする人々が、国境警備の兵士達に文句を言う。
だが、彼等が何と言おうと、此度発令された王命は『出国者を他国へ出すな』と言うもの。
愛国心と王への忠誠心が特に強い者達が配属される国境警備の兵士達は、王から出された命令に、ただ愚直に、盲目的に従う。
「王からの命令だ。他国へ誰も出すな、というな。故に通す訳にはいかない」
兵士の無感情な返答に尚更気を悪くした人々は、更に口々に愚痴を言う。
そして、
「――自由に出入りする事も出来ないなんて、そんなのおかしいよ!!」
正義感の強い少年は、無謀にも兵士達にそう言ってのけた。
少年は十歳前後。まだ無謀と勇気の差を理解出来ていない純粋な年頃だ。
だから少年は自分の心の中の正義感に従って、そう言ったのだ。
――自分の命を捨てる行為だとも知らずに。
「ほう」
兵士達の目付きが変わり、一気に剣呑なモノへと変わる。
兵士達は剣に手を置き、何時でも抜ける様に構えながら少年を囲う。
その内の一人が少年に話しかける。
「貴様、今の言葉は愚弄、国への反逆と捉えられても可笑しくないと知っての言葉か? ……いや、もう命令は出ている。……こっちへ来い」
そう言うと兵士達は少年を力尽くで国境へと引っ張り、そして門外へと突き飛ばす。
「――うわぁ!!」
大人数人に勝てる筈もなく、突き飛ばされた勢いで倒れ込んだ少年は声を上げる。
だが、それだけでは終わらない。
もっと理不尽な事が少年を襲った。
「――貴様、国境を越えたな?」
兵士達が怒りの感情を抑えることなく、剣を鞘から抜いて倒れ込んだ少年に近付く。
「え、ちょっと……待って……今アンタ達が――」
少年が最後まで言う前に、兵士の振るった剣が少年の胸を袈裟斬りにした。
少年の胸から色鮮やかな鮮血が吹き出し、斬った兵士の鎧を赤く染める。
少年の母親は気が狂ったかの様に泣き叫び、それを兵士が睨むと、少年の父親が妻の口を無理矢理塞いだ。
周囲の人々も、顔を青白くして引きつらせるだけだ。
「――国境を無理に超えた者は死刑。これは王の命令だ。お前達も覚えておけ、国境を越えようとする者はこの者と同じ運命を辿る事になるぞ」
殆ど兵士達の言い掛かりだ。
誰がどう見ても、理不尽な事を言っているのは兵士達の方である。
だが、その場にいる誰も兵士達に対して非難出来ない。
たった今目の前で少年が殺されたのだ。
誰も、何も言えなかった。
「……さぁ、国境を抜けようと言う気概のある者は他にいるか?」
この様な理不尽が、罷り通る国になってしまったのだ。
それを止める者は、誰もいなかった。
だが、これはまだ優しい方だ。
国境を越えようと関所を通らずに林等を通って越えようとした者達は、即座に殺して良い事が認められた為、警告等をする事なく、見つけられ次第即座に殺されていった。
中には無惨に殺される者や、それが女性ならば兵士達に捕まった後『出国しようとした罪』という名目で犯される者もいた。
殺された民間人の数は百を越え、その事が国中に広がると、国から出ようとする者はいなくなった。
周辺諸国の国境近くでも噂は広がると、誰も近寄ろうとしなくなった。
結果として王達の思惑通りになった訳であるが、国境近くで広がった噂が周辺諸国の為政者達も知る事になる迄、それ程時間は掛からなかった。
しかしその短い時間で、王国は一気に破滅へと転がり落ちていく事になる。
現在投稿中のもう一作品。
Next World Order――アサシンが行くVRMMOライフ――
https://ncode.syosetu.com/n3391ff/
相も変わらずの主人公暗殺者職のVRMMOモノです。
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