九十一話 ある男の終わりと始まり
気分転換として書きました。
不定期連載で、気ままにのんびり週一位のペースで書くつもりです。
宜しければ読んで下さいませ。
男が自身が異常であると理解したのはいつだっただろうか。
小学生までは普通の子供だった、と思う。
普通の子供の様に小学校に行き、帰ってきて教育番組を見る。
休日には朝からやっているアニメを見て興奮し、休日が終われば友人とそれを語り合い盛り上がる。
なんら変わりない”普通の子供”だった。
だが、中学生になってから、勧善懲悪を再現したような土曜の朝にやる戦隊ヒーローや仮面を被ったヒーロー達に興奮する事は無くなり、彼は過激描写のある映画やアニメを見る様になった。
それだけならば良くある話だろう。
しかし、男は徐々に興味を持った。
見るモノは殺人鬼が主人公のホラーであったり、戦争モノであったりを好むようになり、終に彼はそれを体感できるゲームを手に入れた。
VRアクション暗殺者ゲーム『ザ・アサシン』に。
このゲームは依頼を受け、標的を殺していくというゲームで、最初はそれで満足していた。
だが、”依頼を受けて”という部分に違和感を受ける様になり、ゲームを止めた。
自分の中にある何かを満たしてはくれなかったのだ。
それから幾つかのゲームをやったが、どれも自分を満たすモノは見つからなかった。
男はやがて社会人となり、働き始めた。
その頃には、男は自分の中にある何かを自覚する。
”人を殺したい”という欲求。
それが常に男を苛む様になった。
それは男を狂わせ、狂わせ、狂わせた。
町中を歩けば、その衝動を抑えるのに必死になった。
だが、悲しいかな。
男は狂気にも似た殺意を持つと同時に、常識と社会性を持ち合わせていた。
――持ち合わせてしまった。
男は自分が殺しを犯せばどうなるのかを理解していた。
だからこそ、再びそれを発散出来るゲームを探し始めた。
彼は自身の持つ”殺意”をゲームで発散しようと考えたのである。
そして見つけた。
自由なプレイスタイルが売りのVRMMO。
当時のVRゲームの中でも随一の人気とプレイ人数を誇った『ザ・ワールド・オブ・エタニティー』を。
そして彼は嵌った。
PKと呼ばれる行為に。
このゲームはそれすらもプレイスタイルの一つとして認めており、それを咎めなかった。
男は『暗殺者など生温い。殺し屋などもっての他。普段は人混みに紛れ、”普通の人間”として殺すのが良い』とPKにはメリットの少ない剣士を選び、PKを始めた。
勿論、度が過ぎるプレイヤーキラーにはプレイヤー達自身が共同で討伐隊を作るなどして対応していたので、男は自らの衝動を制御し、節度――と表現しても良いのかはわからないが――を以てPKを行っていた。
しかし、それでも彼の衝動は膨れ上がる一方だった。
寧ろ、PKという行為を――仮想ながら人を殺す快感を知ってしまった事で、現実で、自らの手で人を殺したいと思いは際限なく膨れてしまった。
そしてとうとう、彼は我慢ならなくなり、手を染める事を決意した。
だが、ナイフや包丁を使えば足がつく。
そこで男は夜遅く、川に掛かった橋を通る女性の後をつけ、後ろから落とそうとした。
しかし、ここで計算が狂ってしまう。
落とす直前、女が気付いてしまった。
女は必至の形相で男を避け、男は勢い余って橋から転落した。
そして男は呆気無く――死んだ。
だが、男は幸運だった。
気付けば、自称神と名乗る存在が目の前にいた。
『やぁ』
『アンタは……誰だ?』
『僕は神。突然だけど君を転生させてあげるよ』
男はその言葉に喜んだ。
『本当か!?』
『うん。……どうしたい?』
『勿論だ!』
『そっか、じゃ、次の人生が平和でありますよう祈ってるよ』
神は男を転生させた。
そして神しかいなくなった空間で一人、ため息を吐いた。
男はまだ死ぬ運命では無かった。
しかし、何の罪もない女性が殺されるのは神として見過ごせなかった。
結果、神は運命を捻じ曲げ、男を殺した。
だが、本来ならばそれは許されない事だ。
だからこそ、男が改心し、良い人生を送る事を祈って転生する事を提案した。
転生した世界で、どの様に生きるのか。
それは男次第だ。
願わくば、男が正常に戻り、平和な世を過ごせるように。
それを祈る事しか、神には出来なかった。
男が眼を覚ますと、青い空が眼に映った。
男はゆっくりと起き上がると、周囲を見渡す。
日本とは明らかに違う、風景。
そして自身の恰好。
それは『ザ・ワールド・オブ・エタニティー』での自身の分身の姿だった。
「や……やったぞ!」
男は立ち上がり、歓喜する。
それは煩わしい”常識”から解放されたが故。
「ハ、ハハハ、ハハハハハハハハ!! これで、これで解放された! クソの様な常識から! クソ食らえな世界から!」
男の狂笑は、暫くの間、誰に聞かれるでも無く、青空に響いていた。