八十一話 VS地嶺竜
祐樹達の前に現れた地竜――地嶺竜バグナゴガルは地竜の中では小型に分類される。
山奥の洞穴に生息し、人前には滅多に出てこない。
しかし、その性格は獰猛で攻撃的であり、『バグナゴガルが暴れれば山が死に絶える』とまで言われる程だ。
頑丈な皮膚は並の武器では歯が立たず、その突進は簡単に言ってしまえば大型車が突っ込んでくるようなモノだ。
その性格もあり、人に懐くことなどないのだが、バグナゴガルは最も近くにいるはずのバズを攻撃せず、祐樹達を睨み、唸っている。
「――ォオオオオアアアアアアアアアアアアア!!」
バグナゴガルが吠え、それと同時に突進してくる。
「――っ!」
「――うぉっ!」
祐樹と龍平の二人はそれぞれ左右に回避するが、その直線状には瑞姫達もいた。
「――瑞姫、由梨姉!」
祐樹が慌てて叫ぶ。
「――くっ! 【無の防壁】!」
瑞姫がなんとか術を唱え、透明な盾を展開する。
盾はバグナゴガルの突進を一瞬止めた。
しかし、
バリィィィィン!!
バグナゴガルは平然と盾を突き破り、瑞姫達へと突進を続ける。
龍平と祐樹が慌てて駆け寄ろうとするが、それよりも早くバグナゴガルが三人のいた場所を突き進み、その後ろに生えていた樹々も薙ぎ倒していった。
「――瑞姫! 由梨姉! アァルさん!」
「――三人共、無事か!?」
土煙が辺りを包む中、祐樹と龍平は声を張り上げる。
「えぇ、大丈夫!」
「こっちは無事よ~」
聞こえて来た二人の声に、祐樹と龍平は肩を撫で下ろす。
土煙が消えると、そこには怪我の無い三人が元気な様子で立っていた。
祐樹達は一度三人の方に駆け寄り、
「大丈夫みたいだな」
「えぇ。……アァルさんが私達を抱えて避けてくれたの」
瑞姫の言葉に、祐樹はアァルの方を向いて頭を下げる。
「有難う御座いますアァルさん」
「いえいえ。構いませんよ」
そうアァルは笑うと、ふと真顔になり、
「バグナゴガルの首に付いている首輪に魔力反応がありました。随分大型ですが、あれは奴隷等に使われる【服従】と【洗脳】のスキルが付属した代物だと思います」
そう説明した。
何故アァルがそう言いきれるかと言えば、アァル――夜が長をしている”魔女の夜”の傘下の奴隷商も、それを使っており、それを流通させているのも自分達だからだ。
自分達の”商品”である。
憶えていない筈がない。
しかし、夜が見た限り、少し特殊なタイプの様だった。
魔術式が少しばかり独特かつ古いタイプなのだ。
こんなモノは夜が知る限り、見た事のない術式である。
まぁそこまで”勇者”達に説明するつもりは無い。
「……バグナゴガルですが、今の皆さんには少々きつい相手です。なので……」
アァルはそう言うと腰に下げた麻袋から一つの瓶を取り出し、祐樹に渡す。
「――これは?」
「これは詳しくは説明出来ませんが、とある植物から採取できる強力な毒を、更に他の毒と共に混ぜたモノです。人間なら触れただけで死んでしまう危険な代物ですよ」
嘘である。
実際は自身の持つスキルである【ランベイズの毒殺魔】で生み出した毒である。
竜であってもこれならば死ぬだろう。
「これをバグナゴガルの口の中に投げ入れて下さい。出来ますか?」
アァルの問いに、祐樹は緊張を孕んだ面持ちで頷く。
「では、彼以外の皆さんはバグナゴガルの隙を生みましょう。私も少々手伝わせていただきますので」
――グゥルルルルルルルルルル!
薙ぎ倒した樹々を踏み潰しながらバグナゴガルが再び姿を現す。
その首にはアァルが言った通り、巨大な首輪がされてあった。
「良し! ――行くぞ!」
祐樹の号令で、四人は散らばり、バグナゴガルの周囲を囲む。
最初に動き出したのはやはり龍平だった。
「おっしゃ! 風よ、吹き飛ばせ――【ウィンドボール】!」
双剣を重ねたその先に風の球を作り出し、それをバグナゴガルの足元に向けて放つ。
龍平の放った風の球はバグナゴガルの右前足近くの地面に当たり、弾けた。
――ォオオオオオオッ!
風に煽られ、バグナゴガルの右足が上がり、態勢を崩す。
「――大地よ、尖りて穿て【ロックパイル】!」
次いで瑞姫が放った土属性の魔術によって、右足元から土で出来た杭が現れ、バグナゴガルの足の裏に突き刺さる。
「蔦よ、捕縛せよ~【アイヴィーシーズ】!」
更に由梨花がポーチから植物の種を取り出し、周囲にばら撒く。
それは急激に生長し、太い蔦となってバグナゴガルの足に巻き付き、動きを止める。
足の痛み故か、バグナゴガルは上を向き、顎を開けている。
アァルは祐樹の後ろに立ち、声を掛ける。
「じゃ、行きますよ祐樹さん。――飛べ【風鳥】!」
祐樹の足元に翼が現れ、それが爆発すると祐樹を空へ押し上げる。
「お、おおおおぉぉぉ!?」
思ったより高く跳んだ為か、そう声を出してしまう祐樹だが、気を取り直し、下を見る。
動きを止められたバグナゴガルが、苦しそうに大きく顎を上げているのが直ぐ近くに見えた。
「――っ! そぉ、れえぇぇっ!!」
身を捩り、バグナゴガルの口の中に入らない様にしながらも、その口の中に瓶を投げ入れた。
「痛ッ――っ、どうだ!?」
そしてその態勢の儘、祐樹は腰から地面に落ち、腰を摩りながらバグナゴガルがどうなったかを見る。
バグナゴガルは、苦しそうに暴れようとするが、足を縛る蔦が、右前足を貫く岩が、動きを阻害している。
だが、徐々にその動きは小さくなり、
――オォ、オォォォォォッ!!
一際大きな声で鳴くと、それで力尽きたのかドスン、と音を立ててバグナゴガルはその身を横たえた。