七十六話 勇者達の休息の裏で
「さて」
俺はアァルの姿に変装すると、トォナオの街を歩いていた。
目的地はこの街のギルド支部だ。
シュトルテンにある暁がギルドマスターを務めているギルド支部とは比べ物にならない程小規模であるが、一応この街にも支部は存在する。
そしてハンターや冒険者、それに依頼をする依頼人のいる関係上、ギルドの支部は情報の宝庫だ。
ありとあらゆる情報の集まる場所である。
暫く歩いていくと、石造りの武骨な建物が見えて来た。
入り口の看板には『冒険者ギルド・トォナオ支店』と書かれている。
俺は入り口を潜り、依頼が貼ってある掲示板へと足を向けた。
「……盗賊、盗賊。……あった」
掲示板に貼りだされている内の一枚に盗賊の討伐依頼が書かれた紙を見つけ、それを取る。
そして受付へと向かった。
「いらっしゃ……ってアァルさんじゃないですか。”勇者”の方々の依頼の受注ですか?」
快活といった言葉が似合う若い受付嬢が俺を見てにっこりと笑う。
どうやらここ数日で『アァル』という”勇者の従者”はすっかり顔馴染みとなっているようだ。
うむ。良い傾向だ。
”アァル”という人物が有名になればなる程、隠れ蓑としての役割をはたしている事になる。
「えぇ。……これを」
俺はさっき剥がした依頼書を受付嬢へ渡す。
「えっと……『トゥワンカに出没する盗賊団の討伐又は捕獲』ですね。少々お待ちください」
受付嬢は奥にいた別の事務方の人間に書類を渡す。
受け取った職員は書類と別の紙を見比べながら、壁に貼られている大きな紙にペンで書きこんでいく。
あぁやってブッキングや依頼の契約違反が無いかどうかを確認しているのだ。
そして受付嬢が戻って来た。
「盗賊団ですかー。最近商隊とか非武装の旅団なんかを襲ってるらしくて、被害が広がってるんですよねー。それなりに大きな盗賊団らしくて、中々手が出せなかったんですよー」
身振り手振りを加えながら話す受付嬢を微笑ましく思っていると、奥から先程受付嬢が書類を渡した職員が受付嬢に書類を渡しに来た。
受付嬢はそれを受け取り、何かを書くとその紙を俺に差し出した。
「はい! これが依頼書になります! 無くさないように気を付けて下さいね!」
「はい。確かに受け取りました。……ではこれで」
俺は頭を下げるとギルドを出た。
次に俺が向かったのは街の外だ。
昨日勇者達がゴブリンを倒した森の中へと入って行く。
勿論周囲に人がいないかどうか【索敵スキル】で確認してからだ。
怪しまれる様な事は避けなきゃいけないからな。
さて、なんで俺がここに入ったかと言えば、ここに俺等”魔女の夜”の外部仮拠点を設置しているからだ。
ゴブリンやオークといった魔物がいる為、依頼を受けた冒険者やハンターでなければ絶対に入ってこない。
初心者冒険者達はまだ魔力察知が甘い為、バレる様な事がないから安心なのだ。
勿論、外から見てバレバレな拠点を作るはずも無い。
そこら辺はちゃんと考えてある。
俺は森に無数に生えている樹の内の一本、その幹に【魔術解除】を使用する。
すると、幹の一部がズルズルと音を立ててズレ、空間が現れた。
空間は下に続いており、そこへと飛び降りる。
「……っと」
膝をクッションにして音を立てずに着地し、顔を上げると、広大な部屋に”魔女の夜”所属の団員達が俺の方を見て直立不動の態勢を取っていた。
ここにいるのは俺直属の”鴉”達と黒尽くめの実働部隊”蛇”である。
俺は瞬時に元の姿に戻り、
「……情報は?」
端的に用件を言った。
一番先頭に立つオリヴィアとザイールが軽く頭を下げる。
オリヴィアが一歩前に出て報告を始める。
「既に集めております。……”勇者”達の討伐する盗賊団ですが、規模は多いように見せていますが、実際には十人前後。被害に比べて小規模と言って良いですね。”勇者”達であってもどうにかなる範囲かと。頭領の名前はバズ・ラィバ。詳細はザイールから報告を」
オリヴィアが一歩下がり、ザイールが一歩前に出る。
「……バズ・ラィバ。傭兵崩れの盗賊。……商隊を襲う様子を確認。”勇者”でも殺せる程度の小者と判断」
端的にそう説明するザイールは、相も変わらず仮面によってその表情は窺えない。
……ふむ、その程度か。
なら”勇者”達でも勝てない相手ではないだろう。
職業上数多の人間を見て来たザイールの評価は必ずと言って良い程正しい。
「……”鴉”は引き続き”勇者”と盗賊団の監視。”蛇”もサポートを。……ザイールは付いて来る」
「――はっ!」
「……了承」
オリヴィアとザイールが頭を下げるのに合わせて後ろにいる部下達も頭を下げる。
それに手を上げる事で返答し、俺はザイールを伴って仮拠点を出て行った。
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