六十話 調略
六十話です。
この章は七十話を目指します。
……行けるかなぁ。
アドランド王国、辺境伯領地にある辺境伯邸。
そこで辺境伯である当主、ユーウェイン・アズランは従者より報告を受けていた。
従者からの報告を聞き終わると、大きく息を吐き、椅子に深く背を預ける。
「……王弟が動くか。……嘆かわしい、エドノア様が王であった頃とは雲泥の差だ。……だが、今動くわけにはいかんな」
従者を下がらせたユーウェインは、そう言って机の上にある紅茶の入ったカップを手に取り、一口飲んだ。
ふと、周囲を見回すと、明かりが届かない部屋の隅に人影があるのに気付いた。
「……何者だ!?」
圧倒的な威圧感を放つユーウェインだが、人影はそれに怯えることも無く、目の前に姿を現し、
「……女、だと?」
そこにいたのはスタイルの良い身体に肌に張り付くような黒の衣装を着た十代後半程の少女だった。
少女は丁寧に一礼すると、
「……初めましてユーウェイン伯。……エドノア様より、親書に御座います」
そう言ってユーウェインに手紙を差し出した。
「……エドノア様から?」
ユーウェインは手紙を受け取り、中を開いて手紙を読む。
その表情は徐々に真剣味を増していった。
「……これは……真か?」
「……はい。既にヴィッツモール公爵様、アドノワール伯爵様、ザッツリュー侯爵様、ヒューズ男爵様には親書を渡し、協力の回答を頂いております」
とうとう動き始めたか。
内心、ユーウェインは笑う。
あの王が、そしてそれに忠誠を誓う貴族達が、クーデター如きで終わる筈がないのだ。
息を潜め、じっと耐え、雌伏の時を過ごしていただけなのだ。
動くなら、今だろう。
元帥であるザッツリューや、民衆の中でも人気のあるヒューズの若造が動けば、兵や民達も味方となってくれるだろう。
そう考え、ユーウェインは夜に言う。
「わかった。……王に伝えてくれ。『我等辺境伯軍、王の矛として、一番に駆けつける』と」
「畏まりました。……では、失礼します」
少女は再び礼儀正しく優雅に――まるで貴族の令嬢の様に――頭を下げると、霧の如く消え去った。
それを見送り、再び椅子に深く腰掛けるユーウェイン。
「……流石我等が王だ。……さて、反撃といこうか」
早速ユーウェインは動く為に、指示を出そうと従者を探す為、部屋を出て行った。
一方、マグニフィカにいるべリオスは暁の元を訪れていた。
「よぉ暁」
「……余り次期国王陛下が頻繁に来て良い処ではないのだが」
飄々と現れたべリオスに対し、溜息を吐きながら対応する暁。
「……で、今回はどういった要件だ?」
べリオスは急に顔を真面目なモノに変える。
そして暁の眼を見て、
「マグニフィカ次期国王として、お前に……”神殺し”に依頼がある」
そう言った。
それに応える様にして、暁の雰囲気も殺気立ったモノに変わる。
一介のギルドマスターから、ゲーム内ながら数多の神や怪物を殺した”神殺し”と呼ばれる程の生粋の戦士へ。
「……お前には近い内に起こるアドランド国王弟とエドノア王との戦争に参加して貰う」
「……ほぅ? 戦が起こると?」
「あぁ、間違いなくな。……アドランド王弟に与する者、全員を『殺せ』とは言わない。圧倒的な実力を以って、完膚無きまでに潰せ」
べリオスの言葉に、
「分かった。……”神殺し”の本気の戦い、久しぶりに見せるとしよう」
暁は壮絶な笑みを浮かべて笑った。
「……ふぅ」
俺はアズラン辺境伯領に近い、アドランドとマグニフィカの国境付近にある”魔女の夜”の隠れ家にいた。
あー……疲れた。
いやー領土的には小さいとはいえ二日で国中回るのは疲れるねぇ。
実際にはこの身体だと大して体力的には疲れないから精神的にって意味だけど。
それに二日で回れるのはこの身体のお陰だし、有難いけどな。
「お飲み物ですよ夜様!」
椅子に深く腰掛けて休む俺に、スイが氷の入った果実ジュースをくれる。
「……ありがと、スイ」
こうしてスイが護衛――と言うか実際には世話係に近いんだが――にいるのは久しぶりだ。
俺の護衛が無い時はオリヴィアのサポートしてくれている。
「結果はどうでしたか?」
「……ん、上々。……”渡り鳥”や”不如帰”はどうなってる?」
「はい! ”渡り鳥”は長であるラヴィオ様の運営する”兎の足”は現在アドランド国と唯一契約しておりますので、その調整をしています! 王宮にいる貴族達が食べていける位の資源の量になるよう調整している状態です。”不如帰”は”獅子”や”狼”と協力してアドランド国より逃げ出した民をマグニフィカ、インクセリア、ヴァーガニアに集め、生活の援助をしています」
よし、現状は俺の思った通りに進んでるな。
重要なのはアドランドから逃げ出した民をアドランド国へと戻すことだ。
エドノア王が統治していた時期まで国の状態を戻さなければならないのだが、国が崩壊してしまえば元も子もない。
だからべリオスとヴァイスに話を通し、マグニフィカとインクセリア、ヴァーガニアにアドランドから逃げ出したアドランド国民を保護してもらっている。
「……ん?」
そこに羽ばたく音を立てながら、一羽のカラスが開けておいた窓に止まった。
そして俺の肩に止まり、耳元に嘴を近付けてカァカァと鳴く。
「夜様、その子はなんて?」
スイの質問に、俺は内心うんざりして答える。
「……思ったより被害が増えるかも」
「……はい?」
「……あの全身筋肉の戦狂いが出てくる」
マジかよ。
べリオス殺る気満々じゃねぇか。
そこまでやれって言ってねぇよびっくりするわ。
あの殺戮マシーン”敵は全員殺すウーマン”出してくるとか王弟軍終わったな。
「……取り敢えず王弟はどうにかなりそう」
一先ずは安心、ってところだな。
さて、次はどうするかね。
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