五十八話 反撃の準備
幹部達が”魔女の夜”本部で会話をしている時、俺は『互助会』に来ていた。
話の内容は勿論昼の”黒死蝶”襲撃の件だ。
「……成程、あの時の青年か」
そう納得した声を上げたのはアレンを見た事のある暁である。
「……今回の襲撃の件、アドランド王達の来訪。……別件だとは考え辛い」
「つまりあれってか? 今回の件、現王と組んでホランドに洗脳を施したのは”黒死蝶”の連中だと?」
べリオスの疑問に、俺は頷いた。
「……アドランドには洗脳魔術を使える程の魔術師が、いない。……どっちかと言えば、”黒死蝶”に洗脳魔術がいる可能性の方が高い、と思う」
「夜。……お前は既に動いているんだろう?」
「……(コクリ)。……アドランド国への食物の物流を限定させた。土地が肥えてないアドランドは食物は貿易頼り。……だから向こうは絶対、打って出てくる」
アドランドはマグニフィカとは隣接している程近いが、土地柄食物が育ちにくく、隣国との貿易に頼っていた。
更には魔術が余り発達しておらず、国の軍事力としては騎士や兵士が主である。
食物どころか、武器等の物流も”魔女の夜”のツテ全てを以って制限している状態なのだ。
「……数少ない食物を生産している地方民は兎も角、貿易頼りの王都に住む人間は多くが財産一式持って逃げ出し始めてる。……その地方民も自分が食べて行くだけで手一杯。今、アドランド国は崩壊し始めてる」
「エグイ事するねぇ。……で、俺達は何をすりゃ良い」
べリオスが夜に対して皆を代表して聞く。
「……アドランドを挑発して欲しい。アドランド王を保護した事を言っても構わない。……と言うか寧ろ言ってくれた方が良いかも」
「……戦争でもする気か?」
横から口を挿んできた暁に、俺は頷く。
「向こうは乗ってくると思うか?」
「……分からない。だから挑発して動かす。……”黒死蝶”を」
狙うのはアドランド現王――紛らわしいので王弟と言わせて貰うが――ではなく、その手足となって動いているはずのアレン達が名乗っている”黒死蝶”の方だ。
俺達”魔女の夜”が相手にも分かる様に動けば、絶対に向こうも動く。
俺達が動いている事を知れば、アドランド現王にも話が行く。
それにマグニフィカがクーデターで追われた王を保護したと大陸中に宣言すれば、国の力や知名度等の関係もあるが、周囲の国や民はマグニフィカに保護されているエドノア王の肩を持つだろう。
まぁ民ってのは大抵は美談や勧善懲悪ってのが好きだからな。
『国を追われた王が別の国の王達と協力して国を取り戻す』って、好きだしな。
そう言う『気風』やら『世間の評判』ってのも大事な事だ。
「……”黒死蝶”ねぇ」
コウリンが俺をチラリと見てポツリと呟いた。
「……どうしたの?」
そう俺が聞くと、
「あ、いや。……お前、知らないのか?」
「……?」
何が?
俺が首を傾げる。
コウリンは拍子抜けした様な表情を一瞬浮かべたが、直にニヤニヤと笑い、
「殺し屋集団”黒死蝶”ってのは聞いた事は無ぇ。……でも、噂の”魔女の夜”の長の”黒死蝶”っつー異名の方が有名だぜ?」
……はい?
なんだそれ?
え、俺そんな痛い異名で呼ばれてるの?
……恥ッ!!
あの野郎、俺の名前だけじゃなくて、異名すら勝手に使ってやがったのか!
いや、”黒死蝶”って異名は別にどうでも良いんだけど。
と言うか誰だよ本当に、そんな異名付けたの。
そんな俺の考えを読んで、暁が答える。
「……あぁ、あれか。その時の事を朧気にしか覚えていなかったフルヴァルト殿が夜の事を聞かれた時に、『まるで死の訪れを示す黒死蝶の様だった』と言った事が最初だよ」
あのクソ爺ィ!!
「……殺す」
「残念ながら数年前に亡くなられたよ。……殺せなくて残念だったな」
……マジか。
あの爺さん何があっても絶対死なないだろって思ってたのに。
この俺の気持ちをどこに向ければ良いんだ?
「……それはこれから敵対する奴にでも向けろ」
だから俺の考えを読むなよ。
「お前が意外と分かり易いだけだろう?」
……左様で。
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