五十五話 別離と邂逅 2
お待たせいたしました!
五十五話です!
振り下ろされた刃を受け止めたのは――
「……」
夜であった。
相変わらずの無表情――いや、僅かに眉がつり上がっている。
夜は怒っていた。
自分に、怒っていた。
ザドキアなら大丈夫だろうと、信頼して近付かなかったのだ。
まさか打ち合う事もせず、生身で斬られるなど思ってもみなかった。
夜は意表を突かれ、ザドキアが斬られるのをただ見ている事しか出来なかった。
「新手、か」
フルヴァルトが押し切ろうとするが、その刃が動く事はない。
貧弱そうな夜の細い腕が、がっちりと受け止めていた。
逆に、夜に押し切られ、フルヴァルトは後ろに退避した。
「気配が無かった。……それ程の腕をその若さで持つか」
フルヴァルトがそう呟くが、夜は一切反応しない。
ただ武器を構える事もせず、ザドキア達の前に立っている。
「……【不可視の殺人鬼】」
夜がそう呟いた次の瞬間、その姿が掻き消えた。
「――っ!!」
フルヴァルトが反応できたのは幸運と言えた。
空間の僅かな歪みを、ただ勘で探り当てたのだ。
背後から迫って来たナイフが身体に到達する前に何とか防ぐ。
だが、一瞬だけ現れた夜は再びその姿を消した。
「――ぐっ!」
周囲を見回し、警戒していたフルヴァルトだが、背後から現れた夜に音も無く剣を持つ右腕を刺された。
瞬時に夜を斬りつけるが、既に夜の姿は其処には無かった。
「……中々に厄介な力だな」
血の流れている腕を押さえ、思わずフルヴァルトはそう呻いた。
【不可視の殺人鬼】は夜が普段使う【ロンドンは霧の中に】とは違い、視界阻害も無く、効果範囲も自身のみと言う違いがあるが、姿を透明にし、空間を歪め、指定の位置に転移する事が出来るレジェンドアサシンの持つ上位スキルの一つだ。
中位までの索敵スキルならば、すり抜けられる特殊な効果も持っている。
そしてフルヴァルトは次々と、全身のあらゆる箇所を斬りつけられていく。
一方、応戦するフルヴァルトの剣が夜に当たる事はない。
完全に一方的に弄ばれていた。
そしてそれをフルヴァルトも理解していた。
「……これ程、とはな。だが、それなら私も全力を出す価値はある」
フルヴァルトは一度瞑目すると、ゆっくりと眼を開いた。
「――【属性付与・聖】、【身体強化】」
手に握る剣の刃が青く光り輝き始める。
そして剣を鞘に戻し、居合の構えをとる。
周囲の空気がピンと張り詰めた様な、極限にまで研いだ刃の様な鋭い殺気が、フルヴァルトに纏っていく。
そして――
「……【神閃六十三刃・絶空】!」
瞬く間に抜き放たれた数多の剣筋が【属性付与】によって『聖』の魔力を纏った残影を残し、フルヴァルトの周囲を覆っていく。
それは己の身を護る”盾”であり、同時に触れた全ての者を切り裂く”矛”であった。
フルヴァルトが長年の修練によって得た境地、それがこの『攻防一体の神速剣』であった。
空間すら断ち切る程の速度と技の冴えは、歴代”剣聖”においてもトップクラスなのだ。
歳を重ねたことで速度は若干落ちたが、反対にその剣技の鋭さと隙の無さは若い頃の比ではない。
『力』ではなく『速』、『剛』ではなく『柔』。
『速さの生み出す技』、それがフルヴァルト・ルーフェンの”剣”なのだ。
だが、どれ程の速度であっても、当たらなければ意味がない。
夜はそれ以上の速度で斬撃を躱し、フルヴァルトの生み出した『結界』の隙間に入り込む。
そして背後からその心臓を――
「……これで、終わり」
「――ぅぐぅっっっっ!!」
突き刺した。
斬撃がやみ、ゆっくりと地面に倒れ込むフルヴァルトだが、驚くことにその息はまだあった。
「……流石、まだ死なないなんて」
夜は素直に称賛した。
だが、フルヴァルトは虫の息である。
夜はナイフを振り下ろそうとして、
「――っ!!」
圧倒的な速度でやってくる何かを察知して飛び退いた。
先程まで夜がいた場所に刺さったのは大振りの剣であった。
その剣に、どこか既視感を覚えた夜が思い出そうとして、遠くから馬の駆ける音が聞こえて其方を向く。
駆けて来たのは女性にしては長身の、鎧を着た女だった。
女は馬を飛び降り、回復のポーションをフルヴァルトに掛けてからその前に仁王立ちをして夜を見た。
「……嫌な予感がしたから来てみれば、成程やはり私の勘は間違ってなかったか。それにしてもフルヴァルト老が負けるとは……」
そう言いながら、女が剣を構える。
夜はその姿からフルヴァルトより強敵であると瞬時に悟り、距離を取って構える。
互いに、どれ程の実力者かは既に理解している。
そして下手すれば、何方も『死ぬ』かもしれないと言う事も。
「ギルドマスター補佐として、まだこの方に死なれては困るのでな。……私、暁が相手しよう」
「……いく」
これが後、『互助会』を立ち上げ、無二の親友となる夜と暁との出会いであった。
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