五十二話 ナハト・レイヴンホーク 1
若干無理矢理否めない……。
”轟鬼”と名乗った男――ザドキア・レイヴンホークは、己の得物を構えた。
その雰囲気には一切の油断も慢心も無い。
目の前にいるのが少女であるからこそ、得体の知れない何かを感じ取っていた。
そして彼の部下も目の前にいる長い銀髪に紅眼の少女を取り囲む。
その中で一人、
「……俺が殺る!」
そう叫びながら若い男が大振りのナイフを少女に向けて突撃した。
「――待て、アレン!」
ザドキアが慌てて止めようとするが、間に合わない。
「――しゃおらああああああぁぁぁぁぁっ!!」
叫びながら少女に接近し、ナイフを突き刺したが、
「「「――なっ!?」」」
目の前の少女の姿が直前霧になった。
アレンと呼ばれた若者が繰り出したナイフは霧をただ一瞬切り裂くだけだ。
「……真実を霧の中に覆い隠せ。――【ロンドンは霧の中に】」
そして可憐な鈴の音の様な声が聞こえ、それと同時に濃い霧が辺り一帯を覆い隠していく。
「……魔術だと!?」
「……こんな魔術聞いた事ねぇぞ!」
男達の怒声が聞こえてくるが、互いの姿は霧によって見えなくなった。
そしてすぐに
「――ぎゃっ!!」
「――がっ!!」
「そこか! ……っ!!」
「……がはっ!!」
ザドキアの周囲で次々と悲鳴が上がる。
ザドキアは少女の気配を探るが、魔力の流れも、足音も、気配も、何も感じなかった。
こんな相手今までに応対したことがない。
世の中の凄腕と言われている暗殺者など、彼女に比べたら赤子にも等しいだろう。
そして――
「――っ!!」
嫌な予感がして、得物を振り向き様に振りぬくと、ガキン! と言う金属音が鳴り、目の前にナイフを手にした少女の姿が現れた。
その表情には焦りも、怒りも、喜びも……何も浮かんでいない。
不気味過ぎて仕方が無い。
「……お前さん、名前は?」
ザドキアは戦闘中でありながら、思わずそう聞いていた。
こんな年齢で、まるで熟練の殺し屋にも匹敵する――いや、それ以上の実力を持つ少女が、気になった。
それと同時に、ザドキアは職業に似合わず、正義感の強い真っ直ぐな性格であったが故に、聞きたくなったのだ。
「……夜」
少女が窓を――その先に広がる夜空を指差して、そう呟いた。
「……夜? それがお前さんの名前なのか?」
ザドキアがそう聞くと、夜はコクリと頷いた。
そして姿を消すと、再びザドキアの背後からナイフを繰り出す。
「……【蜂は二度刺す】」
神速の突きが二度、繰り出される。
「クソッ――ォラァ!!!」
それを何とか得物でいなしたザドキアは、逆にいなした反動を使い、刃を大きく回転させる。
しかし、夜は既にその範囲から退いていた。
「……驚いた」
ザドキアの刃の当たらない場所に現れた夜は、構えを解き、表情は変えなかったがそう言った。
ザドキアも警戒心を持ちながらも刃を降ろす。
「……まさか、殺せないなんて、思わなかった。……貴方、凄い」
そう言ってパチパチ、と拍手をする。
最早戦わない、と言う様に、ナイフを仕舞う。
バカにしているのかと思ったが、夜は馬鹿にしているつもりは無く、寧ろ褒めており、ザドキアもそれを感じ取ったのか、刃を降ろした。
そして深く息を吐き、
「お前さんもその年で凄えよ。つーか多分俺じゃ勝てねぇだろうな。負けねぇので精一杯だよ」
そう夜を誉めた。
「お前さん。……その腕ならどっかに所属してんだろ? 何処の所属だ?」
ザドキアの質問に、しかし夜は首を横に振った。
「……何処にも。……独り」
その答えを聞いて、ザドキアは心に決めた。
これ程の実力を持つが、まだ子供だ。
目の前の少女に、ザドキアは何処か危うさを感じていたのも理由だろう。
「……お前さん。ウチに来ないか? 一人は堪えるだろ?」
夜は暫くの間、ザドキアの眼をジッと見ていた。
そして、頭の中で何を考えたのか分からないが、コクリと首を縦に振った。
それに、ザドキアは満足そうに二カッと笑った。
数日後、ザドキアは夜を連れて自分達の住処に戻った。
そして彼女を部下達に紹介した。
「こいつは夜・レイヴンホーク。……俺の後継者だ。テメェ等、仲良くしろよ!」
自分達の長から発せられた言葉を理解出来ずに呆気に取られていた部下達を前に、ザドキアはまるで悪戯が成功した子供の様に笑った。
その横で、夜は無表情の儘、頭を下げると小さな声で「宜しく」と言ったのだった。
勿論、夜の実力を知らない部下達は反対したが、
「じゃあ戦ってみろや。夜と、お前等全員で」
と言うザドキアの言葉に、血気盛んな連中が乗り、翌日試合をすることにした。
勿論、夜を誰一人として傷つける事が出来ず、夜の完勝であった。
そして結果として、夜は『ザドキアの後継者』としてほぼ全ての者達から認められる事になったのだった。
主人公も異世界に来てずっと一人だったので精神的に辛いのです。
いくら表情には出ずとも。