五十一話 名も無き殺し屋と名も無き傭兵団 その2
ニーナ・ベンデリオファの前に現れた長い銀髪の少女を見て、ニーナ・ベンデリオファの身体は緊張に固くなった。
(何で!? ……殺気も何も感じないのに、どうして身体に力が入るの!?)
無意識に呼吸が乱れ、汗が吹き出し、唾を呑み込む。
対して、目の前の少女は表情も変わらず、呼吸をしているのかどうかも怪しくなる位に微動だにしていないのだ。
まるで生きている様には見えない程に。
「……ニーナ・ベンデリオファ。……B級の冒険者」
小さな口から、鳥の囀りの様な声が漏れ出す。
そして次の瞬間、その姿が掻き消え――
「――ぅぐっ!!」
首に回された腕の感触が伝わったと感じた時には、ニーナの意識は刈り取られていた。
私が眼を覚ますと、そこは私がいたはずの裏路地ではなく、冷たい空気の漂う石で出来た牢屋の様な場所だった。
「……ここ、は?」
周囲を見渡し、部屋の隅に立つ影を見る。
その影の正体は先程私が見た、銀髪紅顔の少女であった。
そしてその手には光り輝くナイフが握られていた。
「――っ!?」
逃げ出そうと暴れるが、手と足につけられた枷のせいで動くことが出来ない。
ガシャンガシャンと、金属の擦れる音が虚しく響くだけだ。
仕方が無いので、私は目の前の少女を睨み付けた。
「……私に何の用だ?」
「……依頼」
私の質問に、たった一言、そう答えた。
そして彼女は懐から何かの飲み薬を取り出し、無理矢理私の口に流し込んだ。
「――ぅん。……ぁ、ぁあ」
飲んですぐ、私の意識は急激に朦朧とし、私の意識は深く沈んでいった。
口を開け、涎を垂らしているのと、眼の照準が合っていないのを見て、俺は薬が上手く効いたのを確認した。
彼女に飲ませたのは俺が自作した強力な薬だ。
意識を半覚醒状態にし、全身の筋肉を弛緩させ、夢幻の如き感覚を与えるモノだ。
地球――前世ならありえないだろうが、ここは異世界。
魔法があり、竜が空を羽ばたき、冒険者が魔物を狩るファンタジーの世界である。
まぁ簡単に言えば何でもありなのだ。
で、だ。
メリットの多い代物だが、唯一のデメリットが――
(……やっぱ筋肉が弛緩すればそうなるよなぁ)
強いアンモニア臭と水が流れる音。
副作用の脱力感が強すぎて、小便やら涎やら涙やら鼻水やらが垂れ流されてしまうのだ。
勿論、俺にそんな趣味は無い。
……いや、俺変態じゃないんで。
まぁ受け答えさえしてくれれば問題は無い。
後始末なんて大抵『殺して終わり』で死体なんて放りっぱなしだ。
……さて、仕事をするとしよう。
「……貴女の名前は?」
最初は簡単な質問から始める。
それと同時に此方に従順になる洗脳の術を掛ける。
「ぅあ……にぃーな・べんでりおふぁ……です」
まるで赤子の様な舌っ足らずな発音でそう答えるニーナ。
どうやらしっかりと効果は発揮しているらしい。
「……何処で『人身売買』の噂を聞いた?」
「……じょうほうやに、おしえてもらい、ました」
……情報屋か。
彼女の言う情報屋は、おそらく裏にも通じるタイプの情報屋だろう。
彼等は重要な情報を持っているが故に、消されないように、様々な手段を用いる。
例えばギルドに加入し、ギルド職員と言う立場を隠れ蓑にしたり、表での立場を得て手を出させ辛くさせるなどだ。
更には後援者を得て護衛してもらう者もいる。
「……その情報屋の名前は?」
「……」
俺の質問に、黙るニーナ。
俺は効果が切れたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
その顔は先程までと同じく、理性の無い人形の様な表情だ。
そして更に数秒経ち、ニーナの口から出たのは――
「……わかりません」
その一言だった。
「……じゃあ――」
俺が別の質問をしようと口を開こうとして――
「ここかっ!!」
男の声と共に、幾人もの傭兵風の格好をした者達が部屋に入って来る。
俺は思わず驚いた。
ここは普通なら探してもわかる場所じゃない。
「……貴方達、誰?」
俺は素直にそう聞いた。
そして一番最初に入って来た男が、俺の姿を見て驚きながらも、
「俺等に名前なんてねぇよ。”名も無き賊”さ」
そう言って、大ぶりの包丁のような独特な剣を俺に向けた。
男の放つ雰囲気は玄人のそれであり、俺の外見がか弱そうな女だからと言って隙や油断をしていないようだった。
そんな事からも目の前にいるのがそれなりにやる人間だとわかる。
「ま、俺を知ってる奴は”轟鬼”。そう呼ぶぜ。……お前さんも連中の仲間か?」
男の言葉に即座に首を振って否定する。
誰があの下種共の仲間か。
「……依頼を受けただけ。……仲間じゃ、ない」
「そうかい」
そう言って男は俺の後ろにいるニーナの惨状を見て舌打ちする。
「……何使ったらこんなになるんだ? ひでぇ有様だ。……殺してねぇよな?」
「……(コクリ)」
男は剣を構えていない方の手で頭をガシガシと掻くと、面倒臭そうに言う。
「……ま、俺等も彼女を助けてくれって依頼を受けてるんでね。悪く思わんでくれよ、嬢ちゃん」
そう言って周囲の男達に合図をして俺を取り囲む。
「お前さん。ここで――死ぬぜ?」
それが、俺と”轟鬼”ザドキア・レイヴンホークとのファーストコンタクトであった。
何とかこの時間に投稿できた……。