四十三話 別れ その1
「……えぇ。確かに、受け取りました。依頼を受けて下さり有難う御座いました」
エッフェンベラ教国の最高権力者、現教皇チャールチ・ロマネアが頭を下げた。
大きな棺桶のようなモノに覆われたそれ。
それを見て、満足気に頷いて、俺にもう一度頭を下げた。
「……別に構わない。……私も、この国での足掛かりが、欲しかった」
そう。
俺が『互助会』のメンバーと別行動をとっていたのはこれが理由だ。
俺はチャールチに依頼を受け、グレゴを殺したのだ。
チャールチが接触してきたのはフランチェスカがチャールチを訪れた直ぐ後だ。
ロド派の現状とグレゴ・リベレウスの悪行を知ったチャールチはすぐさま枢機卿達を集め、その処遇をどうするかを決定した。
――ロド派の殲滅を。
それからの行動は想像出来るだろう。
チャールチは俺――と言うか”魔女の夜”――に接触、エッフェンベラにいた俺が直接出向き、ロド派の殲滅の依頼を受けたのだ。
そして、『互助会』が動いている間、俺や”魔女の夜”の”鴉”や”蛇”でロド派の各支部や、要人達を潰していたのだ。
暁はグレゴを捕縛し、恐らくはエッフェンベラに引き渡そうと考えたんだろう。
しかし、俺がチャールチから受けた依頼は『なるべく外傷無く、グレゴを殺すこと』だ。
……つーか、そんな事俺にしか出来ないだろうに。
曰く、「見せしめにしたい」のだそうだ。
何をするのか知らないが、恐ろしいったらありゃしない。
で、今回俺が使ったのは【暗殺箱庭】。
『ジェーン・ザ・リッパー』の持つスキルである。
一定範囲に結界の様なモノを張り、そこに入った存在の魂だけを殺す、と言うスキルだ。
魂だけを殺すから、外傷もない、血も流れない。
魂魄の魂が無い状態になるって言えばいいのかな?
防御不能と言われているが、暁とかなら防ぎそうだな。
因みに、単体スキルではなく、複数……百人位なら一気に殺せたりする。
「では、報酬は後程。土地と許可証は一週間もあれば用意出来ます」
「……そう。有難う。……一つ、聞いても良い?」
「なんですかな?」
「……どうして私達を使ったの? 貴方には直属の異端審問官がいるのに」
俺の言葉に、チャールチはピクリと肩を揺らす。
「……知っておられましたか」
「……うん」
チャールチは、一度大きな溜息を吐くと、口を開く。
「……ロド派だけではありません。異教徒の殲滅、まではいかないものの、長らく他国との交流を最低限にしてきた我が国には古き考えに凝り固まった者達も多い。……本来は人類の安寧を祈っていたのにも関わらずです」
そう言って髭を撫でる。
「……つまり、軽微なロド派の考え方を持つ奴がまだ……いる、と?」
「……残念ながら。異端審問官というのは、その在り方故に、どうしても考え方が過激になります。……部下ですが、余り信頼は出来ない、と思っております。ですが、変わらなければ」
そう言って、チャールチは弱々しい笑みを浮かべたのだった。
俺はチャールチに会ったマグニフィカ王都近郊にある大きな川の畔にある小屋に来ていた。
「……どう?」
そこには『互助会』メンバーが既に来ていた。
俺は小屋の扉付近に立っていた暁に声を掛けた。
「……夜か。……もうあとどれくらい持つのか分からん。後は当人次第、だな」
「……そっか、中に入っても?」
「あぁ」
俺は扉を開け、小屋の中に入る。
中は質素なモノで、テーブルにベッド、そして武器や防具が無造作に置かれていた。
だが、少しばかり広めに作られている部屋だが、『互助会』メンバーがほぼ全員来ている為、狭く感じる。
そして、彼等が眼を向けている方向、そこに、
「……ぜい……ぜい……っぐ」
荒く息を吐くワンダがベッドに横たわっていた。
その顔色は白く、数日前の快活な姿は見る影も無い。
頬も痩せこけ、筋骨隆々だった腕や足も細くなってしまっている。
「……ぉお、夜、か。……忙しい身だ、来てくれるとはな」
そう言って笑うワンダだが、その笑みは弱々しい。
「……なに、もう暫く、すれ……ば回復する、さね」
恐らく。……恐らくはワンダ自身も知っている。
自分がもう、長くない事を。