四十一話 最強の”神殺し”
「お前がグレゴ・リベレウスか」
暁は、森奥にあった如何にも怪しげな小屋の扉を開けようとしていた法衣を着た老人に向かって、そう声を掛けた。
老人の狼狽振りを見ると、どうやらそうらしい。
「お前のしたことの罪は重い。……死で罪を償ってもらうぞ。グレゴ・リベレウス」
大剣を静かに抜き、グレゴに向けて突きつける。
グレゴは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるも、直に取り繕う様な笑みを浮かべる。
「……ククク。ならば、ならば全ての造魔の相手をしてもらおうか!」
そう言って、法衣の袖から取り出した装置のボタンを押した。
その直後、
「たズゲてよぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
「アハハハッハはハハハハハハハハハハハハ!!」
「ギィ……ィヒヒひひひヒヒひっひイヒヒヒヒひひ!!」
「ォギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
幾つもの声が聞こえ、直後、小屋が弾け飛んだ。
そこからぞろぞろと現れる造魔達。
「まだこんなにいたの――」
そこで暁の言葉が止まる。
暁が見たのは、彼女が見た顔だった。
「助げで……タズゲてぇ゛……だすげでよおおおおおおおおお!」
「……ゥア……ァヴァアアアア……ヴヴヴヴヴヴヴヴ」
「イヒヒヒヒヒヒヒヒ! アヒャヒャヒャヒャ!:
「ェへ…………ドウシテ? ネェ……ドウシテ?」
ゴブリン討伐の依頼を受け、エッフェンベラへと向かい、消息を絶った冒険者達。
それが哀れにも醜悪な姿へと改造されていた。
そして、その後ろには、まだ生まれて間もない赤子や幼い子供を素体としたであろう造魔達もいた。
その総数は五十を超える。
恐らくは行方不明になった者はほぼ全て素体として利用されたのだろう。
そしてロド派が経営していた孤児院の子供達も。
「……下種め」
暁がそう冷たく吐き捨てる。
「フ、フハハハハ! 何とでも言うが良い! さぁ、やれ!」
暁から放たれる殺気に気圧されながらも、そう叫んだグレゴに従って、造魔達が叫びながら暁に殺到する。
「……造魔にされた者はいかなる手段を使っても人間には戻せない、か。……なら、せめて大衆の好奇と忌諱の眼に晒される前に――逝け」
暁は空間に手を突っ込む。
そこから計六つの武器を取り出す。
剣、刀、斧、槌、矛、そして三鈷杵だ。
そして、その内、剣を左手に持つ。
「私の奥の手を以て、お前達をあの世へ送ってやる。……出来るなら次の人生で幸せに生きてくれ。……そう願うよ」
何処か悲し気な笑みを浮かべた暁だが、それを消すように表情を自信有り気な笑みに変え、
「――では、参る」
――Oṃ・śumbha・niśumbha・hūṃ・vajra・hūṃ・phaṭ――
静かに、波立たぬ水面の如く、そう口にする。
「……火生三昧に住まう天を護法せし明王よ。煩悩、欲望を打ち払い、慈悲の怒りを以て、我を阻む三毒を、悪鬼、邪鬼の如く踏み倒さん。汝を弑逆せし我に、力を貸し給え――」
そして左手に持った剣を上に投げる。
その剣は徐々に、その形を大きく変える。
「顕現せよ”三界の勝利者”。――【神功召来・降三世】」
暁から放たれる魔力が、形を成し、暁が投げた剣を右手で掴む。
その姿を、グレゴは呆然と見上げた。
「ま、注ぎ込んでいる魔力は通常の半分程だがな」
「な……な、な!」
現れたのは上半身だけの、憤怒の表情を浮かべた四面八臂の巨大な明王である。
明王は暁の背後で守護霊の如く佇み、浮かんでいる。
そして、暁は地面に刺さったままの残りの武器を全て、同じ様に上空に放り投げる。
武器は、剣と同じく巨大化し、八本の腕其々に収まった。
暁にとっての奥の手、【神功召来・降三世】は、暁が『ザ・ワールド・オブ・エタニティ―』時代、手に入れたスキルだ。
運営側が、当時ゲーム内でトップクラスのゲーマー達に、「一人で倒してみろ。倒せたら特別なスキルと武器を進呈する」と触れ回った特殊レイドボスの内の一体である降三世を、暁が倒したことで手に入れたのだ。
そして手に入れたのが召喚術にも近いスキル、【神功召来・降三世】なのだ。
魔力を注ぎ込めば全身が顕現するが、今回注ぎ込んだ魔力が何時もの半分である為上半身のみの顕現である。
だからと言って、造魔に劣る程ではない。
いや、造魔程度に劣る筈がないのだ。
何故なら、これは神の力。
いくら元が人の手による創造だとしても、神の力の顕現なのだ。
「――斬り祓え!」
故に、その力の前に、人の造り出した魔物など塵芥も同然である。
暁が右腕で斬るモーションをすると、明王も同じ様に右手に持つ剣を振り下ろした。
それだけで。
たったそれだけで、轟音と地揺れが起こる。
砂煙が消えた、剣の振り下ろされた場所にはただ血溜まりと肉片が散らばっているだけだ。
一撃で、何体もの造魔が跡形もなく斬り潰されたのだ。
「……ふむ。こんなものか」
そう言って暁は首を回し、パキ、と音を鳴らしたのだった。
寝落ちしてしまった……。