三十六話 『異世界相互補助会』リーダー 働く
エッフェンベラ教国首都トリコロ、イルファジオ聖堂。
その奥にある、国のトップである教皇専用の部屋にて、現教皇チャールチ・ロマネアは国内の政の書類にサインをしていた。
既に七十四歳と言う歳で、そろそろ自分の息子に代を譲ろうかと考えていたチャールチは、外の騒がしさに思わず顔を上げた。
外からは、
「……おい! 止まれ!」
「……止まらぬなら斬るぞ!」
といった怒号が聞こえてくる。
そこに、衛兵の一人が「侵入者です」と言って飛び込んできた。
そして、間髪開けずに侵入者が姿を現した。
侵入者は美しい美女だった。
足にまで届くかと言う程の金髪に、抜群のスタイルに、白く薄いローブを纏っている。
その顔は人形の如く整っており、気怠そうな表情は蠱惑的だが、神々しく、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
転移者、転生者の集まりである『互助会』のリーダーにして、この世界で三百年以上を生きるエルフの女王、フランチェスカである。
「……誰だ? 私に何か用か?」
チャールチはフランチェスカに問いかけた。
「……随分な言い様ね。貴方や貴方の子供が生まれた時に産湯に浸けて祝福を与えた人間を忘れたのかしら」
「……は?」
フランチェスカの言葉に、呆けた顔をするチャールチ。
「……四十年も経って顔も忘れたのかしら?」
気怠そうに首を傾げるフランチェスカの顔をマジマジと見ていたチャールチの顔は、青を通り越して白くなった。
「ま……まさか……フランチェスカ様!?」
「……久しぶりね。随分老いたじゃない。チャールチ・ロマネア」
そう言いながら梳いた髪の間から、エルフ特有の尖った耳が覗いた。
「……あの猊下、コイツとお知合いですか?」
呆然としているチャールチに、フランチェスカを取り囲んでいた衛兵の一人が訪ねた。
その衛兵を、この世の終わりの様な表情で見たチャールチは怒鳴りつけた。
「ばっ……馬鹿者! この方は神の末、エルフ族の長であるフランチェスカ様だ! 私が生まれた際、神の祝福を与えて下さった方だ!」
その言葉に、衛兵達も自分達が刃を向けている相手がどのような人物かを知って慌てて武器を下ろし、平伏した。
神の末裔と言われているエルフは、聖教にとっては他の宗教で言う『神の御遣い』や『巫女』のようなモノだ。
この国では教皇は一族による継承であり、一族の次代が生まれた際、神の末裔と言われているエルフの長が赤子を産湯に浸け、祝福を与える――とは言っても言葉で祝福するのみであり、神の加護が与えられる訳ではない――のだ。
その役目をフランチェスカは少なくとも五百年も続けていた。
ゲーム時点で千年以上を生きている……と言う設定であり、この世界に来た時点でエルフの中でも最高齢である。
「して、此度はどの様なご用件でしょうか?」
そう尋ねたチャールチに対し、フランチェスカは腰につけた麻袋から数枚の紙を取り出した。
そしてその内の一枚をチャールチの前に置く。
「……これは?」
「私からの用件が書かれているわ。読みなさい」
フランチェスカに促され、チャールチは紙に眼を通していく。
「……これ、は……真ですか?」
「えぇ。私の可愛がってる妹分が調査した結果よ。情報の精度としては極めて高いと私は思ってるわ」
その書類に書いてあるのは夜が調べたロド派の全てだ。
裏ではどんなことをしているのか、何をしているのか。
そういったことが事細かく書いてあった。
森の奥で造魔を生み出している事、周囲の国で森に入ったり、国境付近にいた人間が行方不明になっている事等々……。
そして、これ以上被害を広げない為、フランチェスカを中心にした何人かで首謀者及び協力者、造魔達を一掃する事を許可してくれないかと言う要請。
「そしてこれが……マグニフィカ王国次期国王べリオス殿下から、それと冒険者ギルドマスターである暁からの親書よ。私と同じ内容が書かれているわ」
その紙にはしっかりとべリオスと暁の直筆であると言う印も押されている。
それを受け取り、チャールチは心底困った様に顔を歪める。
自分達が敬っているエルフの女王、接点は無いが大陸一の大国であるマグニフィカの次期国王、そして大陸中の冒険者やハンターを取りまとめている内の一人であるギルドマスター。
そんな三人からの要請である、断ろうにも断れない。
「……分かりました。教皇権限により許可いたしましょう。……お任せいたします」
そう言ってフランチェスカに頭を下げるチャールチ。
「そう伝えておくわ。……じゃあね」
そう言って、フランチェスカは自身の後ろに魔法陣を出現させ、そこへ消えていった。
それを見て驚いたのは衛兵達だった。
「転移の術!? いや、空間を繋げたのか!? そんな馬鹿な!」
驚いている衛兵達の中、チャールチだけは冷静だった。
近くの衛兵に声を掛ける。
「今すぐ枢機卿を集めよ。……ロド派の処遇を考えねばな」
「「「……はっ!」」」
「……と、言う訳で許可は取れたわ」
『互助会』メンバーが結集している中、フランチェスカはそう言って自分愛用のソファに深く座った。
「なら、今すぐ動くべきだろうな。今しがた夜から追加の情報が送られて来た。本当はゴブリンなどいなかったそうだ。恐らく、造魔の素体を得る為にロド派の人間が依頼を装ったんだろう。その依頼は既に停止してあるが、被害者が増えないとも限らん」
そう返した暁だが、次の瞬間には悔しそうに顔を歪めた。
「……私がすぐに動ければ良かったのだが、仕事が溜まっていてな」
暁の言葉に、フランチェスカも同意する。
「私もよ。エルフの里に戻って準備してこないといけないし、族長として色々やる事があるもの」
「なら俺が行こう。他に来れる奴がいるなら、斥候としてお前等が来るまで時間を稼ぐ。……フランの姉御、今回は参戦してくれよ? アンタ、最高戦力の一人なんだから」
手を上げたコウリンは、怠そうにソファに座るフランチェスカに苦笑いしながら言った。
それに対して、フランチェスカも「わかってるわ」と応じる。
「俺も行くぜ。多少の戦力にはなるだろうからな! ハッハッハ!」
快活に笑いながら、立候補したのは”魔女の夜”の一部署であり、表では傭兵団である”狼”の団長である狼型獣人のゼイだった。
「僕も行くよ。前衛ばっかりじゃ、何かあった時に大変でしょ?」
魔術師であるハルキも、男性でありながら可愛らしい顔にやる気を滲ませる。
「若いもんが張り切っとるな。儂も斥候に加わるぞ」
人間種のなかでは最高齢であるワンダも、豪快に笑いながら手を上げた。
結果、更に数人が手を上げ、総勢十五名で先遣部隊として向かう事になった。
王族であるべリオスやヴァイス、鍛冶師であるローガン、娼館の主として店から離れられないヴァネッサ達は今回は物資や行動の援護に回ることになったのだった。
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修正しました。
フランチェスカ「随分な良い様ね」→「随分な言い様ね」