二十九話 予想を前提とした話し合い
『造魔の胎動』は『ザ・ワールド・オブ・エタニティー』のVer29.0の追加特殊イベントだ。
大型アップデートによって追加されたそれは、同じく追加された国を舞台にしたイベントだった。
『ザ・ワールド・オブ・エタニティー』のクエストは、二種類ある。
一つは誰でも、いつでも受けられる一般クエスト。
もう一つは、誰かが受けると、全員共通で進んでいくイベントクエストだ。
一般クエストは魔物の討伐や盗賊の討伐、採取等だ。
イベントクエストは、一人が受けると、その状態が共有される。大抵は一人二人では倒せない、恐らく百人単位で漸く倒せる程に強力な敵、レイドボスであったり、数が極端に多かったりすることが多い。
『造魔の胎動』はイベントクエストであった。
発生条件は、国の小さな掲示板に貼られていた『行方不明の恋人を探して欲しい』という依頼を受ける事だ。
その依頼を受け、調べていくと、実は他にも失踪者がいる事がわかる。
それを辿っていくと、森の奥深くで見つかるのだ。
『魔物と融合された人間』、造魔が。
その数は多く、強力で、イベントの際は二百人以上が参加したのだ。
「……造魔か。あんなのを再びやらねばならない可能性があるのか」
「……今回はゲームじゃない。腕や心臓を狙えば一撃でも、倒せる……と思う」
思い出したのか、暁は嫌そうな顔をする。
当時からトップレベルであり、ランクにも乗る有名なプレイヤーだった暁ですら、きつかったらしい。
因みに俺は表立っては参加していなかった。
仲間内皆が忙しい時期で、同じ速度で進めるためにメインキャラは使わなかったのだ。
その為、サブデータである”夜”を使っていたのだが、暗殺者キャラに忠実にプレイしていた俺は、表立っては動いていなかったのだ。
一方、暁はゲーム内でトップクラスのギルド”炎巨人の杖”の副リーダーとして、最前線で修羅の如く暴れまわっていたのだ。
敵のレベルは当時最高の250。
とんでもなく面倒くさいイベントであった。
だが、今回は現実だ。
ヒットポイントなんて無い。
心臓を一突きにすれば、簡単に死ぬ……だろう。
造魔がそんな簡単に死ぬ存在かどうかはわからないが。
暁が手元のカップに入った紅茶を一気に飲み干す。
「……ふぅ。で、だ。本題だ。もしそれが本当なら、調査の必要がある。……しかし、相手が造魔なら普通の……この世界の奴等には難しい仕事だろう。コウリン達も色々飛び回って貰っているから、今はいない。そこで、お前に調査して欲しい。出来るか?」
「……」
暫く考える。
いや、結局のところ、受けるか受けないかなんてのは関係ないんだけどな。
金払うってんなら、それは『頼み』じゃなくて『依頼』になる。
『依頼』を断ることは……殆どしない。
まぁそれが友人の依頼なら断る事はしないけど。
「……わかった。……私個人で受ける」
結局、俺個人が友人からの頼みとして受ける事にした。
勿論、情報は部下達に回すけど、俺個人で動いた方が、被害が少ないだろう。
「そうか。なら、お前に一任しよう。報告は逐一して欲しい。後は……『互助会』には話を通しておこう」
「……(コクリ)」
「……造魔、ねぇ。確かに厄介だなぁ」
コウリンが深く溜息を吐いた。
コウリン、暁、その他その場にいたメンバーは眉を顰めている。
それに対して疑問の表情を浮かべているのはヴァイスやべリオス達ゲームキャラではなく赤ん坊として転生した連中や、ローガン、ハルキといったゲームをしていても、レベルが低かったり、イベントに参加していなかった連中だ。
「……懐かしい響きじゃのう」
ゲームキャラとして転生した一人、老戦士のワンダがそう呟く。
ワンダは七十年前にやって来た、人間種においては最古参のメンバーだ。
彼より古参なのは、エルフ種やハーフオーガ(意外に思うかもしれないが、ハーフオーガはエルフ並みに長寿なのだ)達長命種位だ。
ワンダにとっては七十年以上前に起きた事だ。
懐かしく思うのも仕方が無いだろう。
「で? 造魔って何なんだ?」
「人と魔族を融合させた、人工的な魔物だ」
「魔物並みの生命力と怪力に、人間の賢さ。融合された魔物の能力を操れる。厄介な相手だよ」
ヴァイスの疑問に、暁とコウリンが答える。
「……俺覚えてるぜ。『助けて、助けて』って呻きながら襲ってきやがる。相手がNPCって事はわかってるつもりでも、ありゃ、きつかったな。声優の演技ってスゲーってホントに思ったもんだ」
「だが、今の私達にとっては現実だ。部下が、知人が。もしかしたら造魔になっているのかもしれない」
コウリンの言葉、そしてそれに続いた暁の言葉に、沈黙が降りた。
だが、その沈黙を破って、べリオスが話し出す。
「……俺としては協力するつもりだ。国どころか、大陸を巻き込むモノになりかねないしな」
その言葉に、次々と同意を表明するメンバー達。
そして、一同が最後に眼を向けたのは『互助会』リーダーであるフランチェスカだった。
フランチェスカは、その視線にうんざりした様に肩を落とすが、ゆったりと立ち上がる。
「……人の世に興味はないわ。……でも、貴方達がそう言うのなら、良いわ。『互助会』リーダーとして、宣言しましょう。『互助会』の総力をもって、造魔、及びそれを生み出した連中の討伐をするわ。でも、先ずは夜の調査の結果を待ちましょう」
フランチェスカの言葉に、その場にいた全員が一斉に頷いたのだった。