二十五話 決着 その3
新しい話を書きたい(切実)。
衛兵に連れられ、ヴァドラーとメアリは退場していったことで、評定の場は取り敢えずの落ち着きを見せた。
フェデラーは未だに自分の席で呆然と座っており、ヴォアチア伯爵も再び簀巻きにされていた。
「……ところでべリオス。ヴォアチア伯爵は連れてきて大丈夫だったのか?」
「あぁ。理解ある王で良かったよ。向こうも戦は嫌がってたからな。俺が仲介に入るって言ったら喜んでたし、『ヴォアチアを差し出せ』って言ったら二つ返事で差し出してくれたよ」
「……そうか」
べリオスの言葉に安堵の溜息を吐き、宰相であるノードに言う。
「……宰相。ヴァーガニアとの外交は私が直接行う。此方の落ち度だ。私が王族として誠意を見せなければならない」
「畏まりました。殿下」
場の雰囲気は、既にヴァイスが正式に王位に就くことを暗に容認していた。
第一王子側に付いていた連中も、この状況では自分も巻き込まれたくないからか、否定の声を上げる者はいない。
ヴァドラーの方が御しやすいと言う者もいるだろうが、彼を王にすれば、フェデラーの発言力が強くなる。
それは他の貴族達にとっても認められる事ではないだろう。
「皆、聞いてくれ! 此度の件、これから大規模な調査をするが、フェデラー公爵一党に協力をしていない人間に対しては不問とする。そして――」
ヴァイスは王が座る椅子に近付き、その目の前で振り返り、
「この私――ヴァイス・インクセリアが王位を継ぐ!」
そう宣言した。
評定から一日経った。
その後の顛末を語っておこう。
評定の場で、ヴァイスの王位継承はほぼ満場一致で可決された。
ヴァドラー及びメアリ嬢は数日後にはインクセリアの辺境へと飛ばされる。
フェデラー公爵は領地没収の上、牢に入れられた。
ロードバス家現当主夫妻も、領地、財産一切の取り上げ、そして今後一切子供を産まない事で助命された。
ヴォアチア伯爵の事はヴァーガニアに任せることになり、既に護送されている。
誰一人として命が奪われていない結果に、べリオスは、
「……甘いねぇ。それで足元掬われなきゃいいが」
と苦言を呈した。
それには俺も同意だ。
結果としては何もなかったとはいえ、国を危険な立場に置いたのは事実である。
特に、主犯であるフェデラー公爵は、他の国であれば死罪になっても可笑しくない。
いや、普通ならば死罪なのだ。
命を奪わない事。それを「優しい」と表現する者もいるだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
為政者として、冷酷にならなければならない。
……ま、部外者が何を言っても意味ないんだけど。
インクセリア王都にある第二王子派貴族の別邸。その一室で、第一王子であるヴァドラーとメアリがいた。
数日後、彼等は国内の辺境へと送られることになっていた。
ヴァドラーはソファに座り、頭を抱えていた。
メアリはそれを慰める様に隣に腰掛け、ヴァドラーの膝に手を置き、その顔を覗き込んでいる。
「……殿下」
「私は……俺は間違っていたのだろうか。俺はただ父上の跡を継ごうと……」
「何も間違っておりませんわ。殿下」
俯き、そう弱々しく呟いたヴァドラーに、メアリは誘惑する様に穏やかに、優しく、耳へと囁く。
「……メア――っ!」
メアリは蠱惑的な表情で、ヴァドラーに口付けをする。
長い、長い、貪る様な口付けを。
そしてゆっくりと唇を離し、メアリは上目遣いでヴァドラーを見る。
その姿は吸い込まれそうな程な妖艶さと、愛らしさ、淫靡さを醸し出しており、ヴァドラーは思わず唾を飲み込んだ。
「……メアリ」
「大丈夫ですわ陛下。私に、私に全てお任せください。……必ず、貴方を王にしてみせましょう。王に相応しいのは殿下ですから」
そして、メアリがしなだれかかり、唇を奪おうとし――、
コンコン。
扉がノックされた。
「……何ですか?」
「……お食事の用意が出来ました。此方にお持ちしますか?」
若い少女の声。
恐らくメイドだろう。
「あぁ。持ってきてくれ」
「畏まりました」
暫くして、メイドが豪華な夕食をカートに乗せて運んでくる。
長い銀髪を三つ編みにした、十代後半程の若いメイドである。
メイドは一礼し、ソファの前に置かれたテーブルに、次々と料理を並べていく。
柔らかそうなパンに厚い肉、新鮮そうな野菜にスープ。
今日一日、殆ど何も口にしていなかった為二人は眼の色を変え、食事をし始めた。
メイドは何の表情も浮かべず、空いた皿は下げ、飲み物が無くなれば補充する。
メイドは甲斐甲斐しく働いていた。
「……ふぅ。あぁ……腹一杯だ」
「えぇ。……もう下がって良いわよ」
「……失礼します」
メイドは一礼し、空き皿を乗せたカートと共に、部屋を辞した。
退室する直前、メイドが発した、
「……言ってた通り」
その呟きは彼等の耳には――届かなかった。
マグニフィカ国、王族執務室。
その部屋内には、二人の人物がいた。
一人は執務用の重厚な机に座り、一人はその前で立っている。
「やーっぱりな。だから甘いっていったんだよ。お前もそう思うだろ?」
「……(コクン)」
頷いた拍子に、銀髪が揺れた。
紅い炎を思わせる眼に銀髪、だが、その顔には何の感情も浮かんでいない。
”魔女の夜”の長、夜である。
机に座った男――べリオス・マグニフィカは手に持っていた新聞を机の上に放り投げた。
それには、
インクセリア王国、第一王子とその婚約者が自殺。
そう書いてあった。
「で、フェデラーは?」
「……既に『処理』済み」
「そうか。流石だな。俺の依頼を忠実にこなしてくれた。これならヴァイスが変に気にしなくて済む。……フェデラーの方は因果応報ってか、ざまぁ見ろって感じだがな」
「……」
「……ま、ご苦労さん。数日後には金を入金しておくぜ」
「……(コクン)」
夜がべリオスから受けた依頼は、情報収集だけではない。
インクセリアでべリオスと合流した際、「全てが終わった後の後始末もやってくれ」と言われていたのだ。
べリオスの、ある意味では優しさである。
「……しっかし、怖いねぇ。メアリ嬢、完全に猫被ってるじゃねぇか。清楚で可愛い顔して……なんて言ったっけか? 悪女の別の言い方……あーっと」
「……傾国?」
「――それだ!」
その後、男(片方は外見は女だが)の話は、徐々に変な方向に脱線していった。
投稿速度は2日3日に1話ペースになりそうです。