二十三話 決着 その1
「証拠ならあるぜ。馬鹿貴族」
その声の主に、その場にいた全ての人間の視線が降り注ぐ。
言葉の意味を理解したガロン・フェデラーが怒鳴る。
怒鳴った相手は四人の侍女と一人の男性を従えた若い男であった。
「貴様か! 貴様が『馬鹿貴族』などと侮辱をしたのだ「べリオス!」な!」
「よぉヴァイス。遅れて悪かったな!」
フェデラーを遮り、ヴァイスが嬉しそうに声を上げる。
眩いばかりの金髪碧眼の端正な顔付に、悪ガキのような笑みを貼りつかせた男。
『異世界相互補助会』、略して『互助会』の副リーダー。
マグニフィカ国次期国王、べリオス・マグニフィカである。
侍女を三人扉の外へ待機させた儘、その内の一人である銀髪の侍女と男性だけを引き連れて中央へと歩いていく。
親し気に会話をする二人を見て、周囲の人々は誰なのだと疑問の表情を浮かべる。
それを見渡しながら、ヴァイスはべリオスを紹介する。
「……紹介する。彼はマグニフィカ王国の次期国王であるべリオス・マグニフィカだ」
「「「……!!?」」」
周辺諸国において、強国であるマグニフィカ、その次期国王として既に国政に携わり、『賢王の素質在り』と言われているべリオスの名は轟いている。
勿論、インクセリアにおいてもその名は知らない者はいない程の知名度を持っていた。
そしてそれは当然、フェデラーも同様であった。
べリオスはフェデラーに向けて、ニヤリと意地の悪い笑みを向けた。
「――っ!! きさ――貴方様がべリオス王子であると言う証拠はあるのですか!?」
その言葉に、べリオスは一歩下がって待つ男性に目配せをする。
「初めまして。マグニフィカ王国宰相補佐官フェドノア・ドーランと申します。証拠でしたら、べリオス様が付けてらっしゃる指輪が王家に伝わる代物に御座います。それに――」
フェドノアと名乗った男性はフェデラーを睨む。
「他国とはいえ、王族。その身を疑うのは無礼に当たる。事が収まった暁にはその無礼を国家間の問題として上げさせて頂きましょう」
青ざめるフェデラー。
自分を助けてくれるかと第一王子派の貴族達を見渡すが、全員が眼を逸らした。
「……誰も味方なんていねぇらしいな。それに――おい、あれ持ってこい!」
べリオスの指示に従い、扉の外で待機していた侍女達が簀巻きにされた壮年の男を担いで持ってきた。
それを見て、フェデラーの顔は更に青褪める。
侍女達は男を中央まで持ってくると乱雑に投げ出され、その衝撃で意識が覚醒したのか、噛まされた猿轡で何を言っているのかはわからないが、暴れ始めた。
「お前は知ってるはずだよなフェデラー公爵。……インクセリアの貴族よ聞け! この簀巻きにされているのはヴァーガニア国のドーリ・ヴォアチア伯爵だ。そこにいるフェデラー公爵の協力者だ!」
べリオスは意地の悪い笑みを浮かべ、
「そして二人共、そこにいるメアリ・ロードバスの祖父だ」
爆弾を投下した。
その後、評定の間は嵐の様だった。
「国への反逆だ!」
「王家の乗っ取りだ!」
そう第二王子派から上がり、第一王子派までも巻き込んだ非難の声は、フェデラーは勿論、ヴァドラーやメアリにも向けられた。
べリオスから齎された、『戦を仕掛けたのは王の即位を急ぐ為』や『メアリ嬢の親達の話』、『武器の流れ』等の情報は彼等を窮地に追い込んだのだ。
最早、派閥など関係なくなっていた。
特にメアリ嬢の第一王子派からの評価は『非常識ながらも可憐な令嬢』から『王子を唆した悪女』にまで落ちてしまった。
そしてヴァドラーも、今までやってきたことがただ国の財政を圧迫していただけだと知れ渡り、『悪女に唆された愚かな王子』となった。
信用も信頼も、そして期待も。
落ちる時は一瞬だ。
だが、糾弾したとて戦争が終わる訳ではない。
どうするのかと皆が困惑するが、
「ヴァーガニアには先に話してあるが、宣戦布告を取り消すなら、俺が仲介役になってやるよ。もし、それでも戦争したいってんなら、俺が相手してやるが?」
べリオスの一言で収束した。
――夜視点――
久しぶりの視点、俺。
戦争が回避できる安堵と第一王子達への疑惑と困惑、侮蔑、様々な思いが入り乱れる複雑な雰囲気の中、ブツブツと何かを呟いており、それを慰める様にメアリとヴァドラーが身を寄せ合っていた。
まぁ、現状味方が殆どいないから仕方ないね。
そしてメアリ嬢が頭を公爵の耳に近付け、何かを呟いているのが見えた次の瞬間、
「そうだっ……しが、こ……で。私が、こん……事で。私がこんな事でっ! ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁあああああああっ!!!」
突如、ガロン・フェデラーが激昂した。
その額には青筋が浮かび、眼は血走っており、口から涎を撒き散らす。
最早正気ではない形相で、フェデラーが叫ぶ。
「出てこいっ! 全員殺せっ! 皆殺しだっ!」
おーおー昂ってらっしゃる。
フェデラーが待機させていたのか、扉の外から衛兵や暗殺者、魔術師等様々な職種の人間が現れた。
フェデラーの雇った連中だろう。
どいつもこいつも金に眼が眩んでる下卑た顔である。
「さて、お前等の出番だな」
俺の数歩前からべリオスが俺に言う。
べリオスはこれから起こる事を予感し、愉しそうな笑みを浮かべていた。
「……うん。皆、仕事」
俺は頷き、メイド服を脱いだ。