二十話 集めた情報を報告しよう
執務室に着いた後、ヴァイスが執務室に隣接している風呂場で汗を流している最中、俺はジッと待っていた。
外見が女だろうが、元は男である。
だからアイツが上半身裸でタオルを掛けていたところで何の思いもない。
……だから恥ずかしそうに顔を赤くするな。
俺が元男であるとは言ってないから仕方のない事だけれども。
一言言おう。……気持ち悪い。
いそいそと上着を着るヴァイスに気付かれないように深い溜息を吐いた。
ヴァイスが服を着て、執務室にある唯一の重厚な机に座り、改めて話をしようとした時、扉を誰かがノックした。
「……誰だ?」
「マリウス・フェンデです。よろしいでしょうか殿下?」
「あぁ、マリウスか。いいぞ」
一礼して入って来たのは茶髪を短くした体格の良い二十代前半の男だった。
「……また剣の修練ですか? 幾ら一応の安全は確保されているからと言ってお一人で行動されるのは余り良くないとは思いますが」
「良いだろ? 一人になれるの何て寝てるとき以外はこの時間しかないんだ。それに二人きりなんだ。口調は元に戻せって」
マリウスの言葉に、ニヤリと笑って答えるヴァイス。
……え?
マリウスには俺が見えていないのかって?
さっき扉がノックされる直前に屋根裏に跳躍して逃げたのだ。
ここ、王宮の王族居住区域には、なんでか知らないが屋根裏に通路が張り巡らされている。
多分自国の諜報員が王族に直接情報を伝える為なんだろうけど……。
他国からの間諜に使われる可能性は考えなかったのか?
「……はぁ。わかったよヴァイス。また第一王子派からの間諜を捕まえた。……後で得た情報は報告する」
「……またか。もうこれで何人目だよ」
呆れた様子のヴァイスに、マリウスも同じ様に肩を竦める。
……あのー俺、一体どうすれば良いんですかね?
放っておかれるのは凄い嫌なんですけれど。
少しネズミの声真似でもしようか、気付いてくれよ。
ハハッ! ……違う違う。
俺は夢の国チキンレースなんてしたくない。
「チュウ」
「……ん? あ、そっか」
ヴァイスは俺の意図に気付いてくれたらしく、俺がいる天井に眼を向けた。
「ヴァイス? 鼠がどうかしたのか?」
マリウスの不思議そうな声に、ヴァイスは笑いながら、
「待たせて悪いな。こいつは信頼できる。降りてきてくれ」
おー。漸っとか。
俺はひらりと音もなく二人の前に降りる。
それにマリウスは驚いて思わず腰に下げている剣の柄に手を伸ばした。
「っ! ――何者だ!」
だが、その手をヴァイスが上から抑える。
マリウスはヴァイスに戸惑った表情の顔を向ける。
「夜、自己紹介してくれ」
ヴァイスに促される。
俺は突っ立った儘で、
「……夜」
それだけ言った。
ヴァイスは呆れたように溜息を吐き、
「それだけじゃ足りないだろ。……こいつは夜。”魔女の夜”の頭領だ。先程協力してもらうことになった」
ヴァイスの説明にマリウスは絶句する。
「……ヴァイス。いつのまに”魔女の夜”なんて味方につけたんだよ」
「ま、ちょっとな。……待たせて済まなかったな。此奴の事は知ってるだろ?」
ヴァイスに対して俺は頷く。
潜入した際にインクセリアの貴族の情報は全てと言って良い程集めていた。
勿論知られてはまずい裏の帳簿や人脈も把握済みである。
「……アガリス領マリウス・フェンデ次期伯爵。インクセリア王子の幼馴染、次期宰相。剣の腕も立ち、一時期は軍部将軍にも推薦されていた。既に伯爵令嬢と婚約。毎日二人で夕食をとり、入浴も一緒」
「……くっくっく。お前、コーリエ嬢とは上手くいってるらしいな」
淀みなく答える俺と、ニヤニヤ笑うヴァイスに、マリウスは眼を見開き、恥ずかしそうに赤らめる。
「――っ! 俺の事は良いだろう! 大事なのは第一王子派の事だ!」
「あぁ、わかってるさ。……夜、情報が被ってても構わない、今ある情報を教えてくれないか?」
「…………”蛇”」
「――ここに」
俺の呟くような声に反応し、蛇の仮面を付けた全身真っ黒の長身の人間が現れる。
性別不明の”蛇”の長、”蛇手”ザイール・ウィルチェである。
驚く二人を無視し、俺はザイールに訊く。
「……皆は?」
「呼んでいただければ直ぐにでも」
ザイールの言葉を受け、俺は今呼べるであろう全員を呼び出す。
「……来て」
「「「――はっ!」」」
影の如く現れたのは総勢五人。
その全員が蛇の仮面を付け、全身真っ黒である。
ん? 数が少なくないか? つーかヴァーガニアにいるはずのザイールが何でここに?
いや、呼んだのは俺だけどさ。
「……報告、して」
「はっ! 先ずはインクセリア第一王子派の動向ですが、第二王子に暗殺者を送っているのと同時に、第二王子派の貴族達を懐柔しようと画策しております。次の評定に合わせ、味方を増やすつもりかと。ですが、第一王子の最近の言動のせいか、芳しくない様子でした」
「第二王子派の動向ですが、第二王子……そちらのヴァイス殿下の指示を忠実に守っております。……こちらも動くとすれば評定の時かと」
「ヴァーガニアの協力者のドーリ・ヴォアチア伯爵ですが、調べたところ多くの武器商人を手元に抱えており、開戦の情報もあって品物や金の出入りが多く、恐らくですが自国に武器防具を売っていると思われます」
「私からは第一王子の婚約者である男爵令嬢の情報を。……メアリ・ロードバスですが、ヴァーガニアのヴォアチア伯爵家、そしてインクセリアのフェデラー家の血が入っております」
「「……なんだと?」」
部下の報告に声を上げたのは勿論ヴァイスとマリウスの二人であった。
……なん、だと?
俺もこの情報には驚いた。ま、何時も通りに表情は一切動かないんだがな。
読んでくださりありがとうございます!
因みに、夢の国チキンレースに参加するつもりは一切ありません。
そんな度胸もないチキンなので。