百四話 異世界に転生した男の終わり
お久し振りです。
……他の作品も投稿したいんですが、中々執筆時間が取れないですね。
さて、どうするかねぇ……。
俺は男の眼を覗き込みながら、どう殺すかを考える。
暁には「なるべく苦しませて殺せ」と言われたしなー。
そうなると…………ん? コイツ、ビビってるな?
暁と戦ってる時にはザ・殺人鬼ーみたいな感じだったのに、男の眼には恐怖が見て取れる。
もしかして、俺を見て怖がってんの?
えぇ~……酷ぇなぁ。……こんな愛らしい女の子を見てビビるとか。
ま、良いや。”魔女の夜”の頭領として、部下達に顔見せ出来る様な『立派な拷問』をするとしようか。
「……フフッ」
楽しませてくれよ、御同類。
――コイツ、ヤベェ!!
男は知らずの内に、目の前に立つ少女に恐怖を抱いていた。
先程戦った女は、確かに強かった。言動からして見ても戦闘狂の類なのだろうが、それでも恐れはなかった。
とっくに壊れている男にとって、どれ程の実力者であろうと恐怖の対象足りえない。
ゲーム内でも、相手を殺せない事を悔しいとは思っても、怖い、近付きたくないとは一度も思わなかった。
それどころか、次はどうやって襲おうか、殺そうかと喜々として考えていた程だ。
恐れの感情など、男の人生では存在しない筈のモノだった。
だが、先程戦った女とは比べるまでも無い程に華奢な体躯の目の前の少女が自分を除いて来た時、その無感情な人形の様な眼を見た瞬間、ジワリと全身から嫌な汗が吹き出し、前世ですら感じなかった『恐れ』の感情が生まれたのだ。
だが、それに気を向ける時間など無いに等しかった。
何故なら、これから始まるのだ。
「――じゃ、始める」
男にとって、絶望の時間が。
男と夜の周囲に、紫の禍々しく毒々しい紫色の瘴気が立ち込めると、その瘴気は夜と同化していく。
「――咲け、咲け、毒の華。運命を断ち切る女神の名を冠する毒の華。数多の命よ。ヒラリと咲いて、ハラリと散れ。――【狂い咲けルドビレよ】」
夜が鈴の鳴る様な声で呟き、男の切断された腕の部分に優しく撫でる様に触れた、その次の瞬間、
「――あ、あぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
男の身体の数ヵ所――暁に負わされた傷の箇所から、まるで現実のモノでない様な美しい紫の華が咲いた。
男に、腕を斬られた時以上の痛みが襲い掛かった。
――痛い! 痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
男の全身をまるで虫が這いまわるかの様に、痛みが内側から襲い掛かると同時に、針で突かれたような痛みが外側から襲い掛かってくる。
「あ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
本来、広範囲を対象とするスキルである筈のモノが、凝縮されて男の身体を蝕んでいるのだ。
それは思わず言葉すら忘れ、絶叫してしまう程の痛みだろう。
恐らく常人であれば、いや例えどの様な存在であろうと死ぬであろう壮絶な痛みが男を襲う。
どれ程転げまわろうが、耐えようが、痛みが引く事はない。
それどころか、死ぬことは愚か気絶する事すら叶わず、痛みに苛まれる。
「……フフフ、痛い? 痛い、よね」
地面に倒れ伏せて痛みに呻いている男に、夜は静かに、淡く笑いかける。
「……それはこの世のどこにもない……私だけの……毒」
いつになく饒舌に。
「……でも安心して。治して……あげる」
そう言うと、夜は再び男に近寄って、今度は【死の医者の心得】を使用する。
【死の医者の心得】も、本来は致命傷以外であれば即座に回復できるという高い治癒能力を持つスキルなのだが、今回は男が死なない程度に抑えていた。
しかも、咲いた花は無くなる事もない。
「あっ……がっ……ぐぅうううううううっ!!」
「……じゃ、続ける」
男の悲鳴を聞きながら、夜は淡々と行動に移す。
懐から何の変哲もないナイフを取り出して、
「……先ずは一つ」
「――がっ!!?」
右肩に突き刺した。
「……二つ」
「――ぎぃっ!!」
もう一つナイフを取り出して、今度は左の足に突き刺し、捻って抜く。
「……三つ、四つ……五つ」
「――が、あぁ……ぎぃっ!!?」
更にナイフを取り出し、右胸を抉り、左耳をそぎ落とし、腹に突き立てて先程と同じ様に直ぐに抜き、その後即座に【死の医者の心得】を使用して少し傷跡が残る程度に回復させる。
「……フフフ、フフフフフ」
鈴の様な軽やかな、それでいて無機質な滅多に笑わない夜の笑い声と、男の呻き声が響く光景を、暁は毒の影響がない遠くから見て「今日は随分と機嫌が良いな」と他人事の様に傍観している。
夜は暁の声が聞こえていたが、わざと聞こえないふりをし、拷問を続けた。
心にあるいつもは我慢して無意識に抑え込んでいる、神に狂わされた部分を解放するかの様に。
「……傷口から……どんどん……”咲け”」
「が……ぁ……ぁあ……」
夜がそう言うと、先程ナイフによってつくられた傷口から、紫の花が蕾が出て、花を咲かせる。
その度に、男には想像を絶する程の痛みが襲ってくるのだが、気絶する事も出来ないし、死ぬことも出来ない。
男にとって、最早地獄と何ら変わらなかった。
いや、地獄の方がマシだったかもしれない。
「……もぅ許じで……殺……しで……ぐれぇ」
終に、男は懇願した。
殺人鬼としての矜持も、何もかもを金繰り捨てて懇願した。
恐怖に屈し、痛みに折れ、狂気から覚め、涙や鼻水を垂れ流し、まるで子供の様に。
痛みで動けない身体の代わりに、精一杯の懇願の意を込めた声音で。
だが、夜は可愛らしく首を傾げ、
「……ダメ」
たった一言そう返すと、直ぐに先程同様ナイフで刺しては回復させ、花を咲かせるという行為に戻った。
男は、まるで永遠にも思える痛みの中、意識を保っていた。
いや、保たされていた。
目の前の銀髪の女が、己の身体をナイフで突き刺し、何かのスキルか魔術を使って紫色の花を咲かせるのを、痛みに呻きながらも、はっきりとした意識の中で見ていた。
あとどれ程耐えれば死ねるのだろう?
あとどれ程待てばこの拷問は終わるのだろう?
あと何度刺されれば死ねるのだろう?
あと幾つ花が咲けば死ねるのだろう?
答えは目の前の女の気分次第、なのだろう。
何十とナイフで刺され、全身傷だらけで、全身から生えた花のせいかは知らないが、指一本動かす事すら出来はしない。
最早声すら出せなかった。
口内すら傷つけられ、そこから生えてきた花に邪魔されて。
「……そろそろ良いのではないか? 流石に一時間も遊んでいるのは引くぞ」
ふと、それまで一切邪魔をせずに見守っていた大柄の女が、銀髪の女にそう言ったのを、まだ花が生えていない右耳が聞き取った。
「……暁に引かれるのは……心外」
「それが嫌ならとっとと終わらせてくれ。私もそろそろ帰りたい」
まるで高校生が友人に「あー今日も部活しんどかったなー」と愚痴っているかの様な気楽さで、二人の女が言い合っている。
「……ハァ。……わかった」
そして銀髪の少女が改めて近付いて来て、男の胸に手を添え、
「……”咲き誇れ”」
たった一言そう唱える。
それだけで、数えきれない程の花が男の全身から生えてきて、男を覆っていく。
手から、爪の間から、耳の穴から、眼から、口から、腹から、足から……。
数多の花が男の生命力を糧にして、男の身体を蝕んでいく。
(――あぁ……死ぬ……の……か? 俺、が? 殺さ……れ……?)
男の意識が遠退いていく。
「……神様に宜しく」
もう聞こえない筈の耳元からそう囁かれる。
その囁きを最後に、男の意識は途切れ――死んだ。
終わりたかったのですが、丁度良かったので一旦切ります。