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百三話 対決3

 現れた大量の――数にして百以上の――血で生み出された兵士達を前にして、暁は笑っていた。


「良い良いぞ。実に良い。久しぶりに手加減をせずに済むかもしれん」


 暁はギルドマスターという立場上、普段は書類仕事で忙しい身であるが、そもそも根っからの脳筋で、しかもクラスに”狂戦士”を持っている戦えば戦う程に滾ってしまう性分なのだ。

 普段書類仕事に追われているからこそ、戦う時の爆発力はとんでもない。

 ましてや、目の前にいるのは遠慮などしなくても良い殺人鬼である。

 暁の機嫌は、ここ最近の内で最高潮に達していた。


「これは私も全力でいかねばなるまいな!」


 暁は辛抱ならないと鎧を脱ぎだす。露になったのは農民が使うようなズボンに、インナー姿。

 ……あーあー、とうとう昂りすぎて防御捨てたか。

 こりゃもう止めらんねぇな。

 見ればわかるのだが、暁は前衛を務める為盾役(タンク)が着用する様な防御力重視の鎧を着ている。

 ゲーム内では余り関係ないのだが、現実ともなると如何せんこの重厚な鎧は()()()()()

 それ自体は仕方ないのだが、暁が本気を出す場合、動きの阻害になるからと鎧を脱ぐのだ。

 その馬鹿でかい胸は邪魔じゃないのかと言いたいが、まぁインナーで動かない様にしてるので問題ないのだろう。

 というか、見てれば良いだけだからスゲー楽だな。

 ま、見たところ力量は兎も角能力的にはコウリンと同じかそれ以下位だからまぁ暁一人でも十分だけど。


「――死ね!!」


 男のその声が合図となって、血から生まれた兵士達が、一斉に暁に襲い掛かる。

 常人相手であれば、脅威であろうそれだが、しかし暁には大した脅威ではない。

 彼女はこの世界においてエルフの女王フランチェスカと並ぶ最強の一角なのだから。


「――目の前の敵、その悉くを薙ぎ払おう」



 ――Oṃ(オン)śumbha(ソンバ)niśumbha(ニソンバ)hūṃ(ウン)vajra(バサラ)hūṃ(ウン)phaṭ(ハッタ)――



 静かに、波立たぬ水面の如く、そう口にする。


「顕現せよ”三界の(トライローキヤ)勝利者(・ヴィジャヤ)”。【神功召来(しんこうしょうらい)降三世(ごうざんぜ)】。――この剣に宿れ、明王」


 背後に明王が現れるが、直ぐにその姿が粒子となって暁の剣に吸い込まれる。

 お、珍しい。降三世でいつもは終わりなのに。

 暁はゆっくりと振り被り、


「――ふん!!」


 思いっきり前方に叩きつけた。

 その衝撃は血で出来た兵士達をあっという間に吹き飛ばし、元の血へと戻していく。

 暁の放つ一撃は”神殺し”の一撃。神をも殺せる力を込めた一撃だ。

 百以上いた兵士は、たった一撃で全てが消し飛んだ。


「……っ!!」


 男は悲鳴とも怒りともつかない声を上げ、忌々し気に暁を睨んでいる……が、如何せん両腕はないし痛みからか膝をついているので、ダサい事この上ないのだが……。


「ふむ。……召喚モンスターとはいえこの程度とは、些か期待し過ぎていたか? まだまだ全力ではないのだが……ではもっと全力になれる様に次は足も斬り落とすか?」


 暁は残念そうに、傍から聞けばサイコパスにしか聞こえない様な事を言う。

 引くわー。

 ……まぁそれなりに頑丈だろうし、腕や足が無くなったところで死にはしないだろう。

 寧ろ血を操って戦うのであれば、血の量は多い方が良いに違いない。


「……クソがァッ!! どうして、どうしてどうしてどうして俺が負ける!! ここは俺の世界だ! 神が俺の為に用意した俺の世界だ! 殺そうが何をしようが自由な筈だ! 俺に殺されるだけの獲物が邪魔をするな! 死ね! 死ね死ね死ね! 邪魔を――するんじゃねぇクソ共がぁあああああああああ!!」


 男は叫ぶと、目の前に血の槍を出現させ、俺達に向けて放って来たが、暁が事も無げに剣で一閃し、霧散させる。


「クソがあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 もう一度、もう一度。

 何度も何度も槍を作っては放ってくるが、全て暁が一撃で以て消滅させてしまう。

 ……。

 …………はぁ。

 俺と暁は思わず顔を見合わせる。


「……随分バカげた奴だと思っていたが、コイツは阿呆か?」


 いや、俺に言われても。

 阿呆というか、ただの殺人衝動に狂った殺人鬼だろ。

 暁に負けてる時点で殺人鬼としては面目丸つぶれだけど。


「……どうするの?」


 暁に聞いたとはいえ、人を殺し過ぎてるコイツを今更仲間に引き入れるなんて事出来る訳ないし、自分以外の人間全員獲物だと思ってるだろうし、正直言って殺す以外の答えはないと思う……のだが、俺から見ると暁は……


「……興覚めだな」


 そう言って剣を下ろす。

 でしょうね。

 変に武人然とした性格の(コイツ)にとって、殺す殺さないの線引きは『暁にとって殺すに値する人間かどうか』であるのに加え、意外と気分屋なのだ。

 そしてその場合、


「……後はお前に任せよう。なるべく苦しませて殺してやれ。それがコイツに殺された人間への弔いになるだろう。……良いか?」


 暁にそう訊ねられ、俺は頷いた。

 殺すのが俺の仕事だしな。

 俺はナイフを鞘から抜き、男の前に立った。







 男は痛みに呻きながらも、ただ目の前に立つ女二人を睨みつけていた。

 男にとって、痛みは初めての経験だった。前世においても幼少期でさえ怪我というモノには縁の無かった男にとって、腕が斬られた事で生じる痛みは想像を遥かに超えていた。

 ゲームキャラのスキル等による身体能力等の上方修正によってまだ呻くだけで済んでいるが、実際には気絶しているか、死んでしまっているであろう痛みである。

 そんな痛みを感じる中でも、男は目の前の存在に殺意を抱いていた。


 だが、先程まで戦っていた女は、既に視線を此方にすら向けていない。

 興味を失った事に対して腹は立つが、壊れた男にも目の前の長身の大女には勝てないと察せた為、殺意を向ける事しか出来ない。

 その代わりに男の目の前に立ったのは、銀髪の少女だった。

 その手にはナイフを握っている。

 その顔を睨むが、銀髪の少女は何の表情も浮かべず、男をジッと見てきていた。


「……どれが良い? ……喉? 心臓? 毒?」


 少女が首を傾げながら訊ねてきたが、主語がない為何の事を言っているのかさっぱり理解出来なかった。


「……は?」


 思わず聞き返した男に銀髪の少女は、表情を一切変える事なく言葉を続けた。


「……貴方は、どんな死に方が良い?」


「――っ!!」


 男は初めて”恐怖”を抱いた。

 まるで人形の様な少女、その血の様な紅色の眼を見た瞬間、気付かぬ内に抱いてしまったのだ。

 その少女の眼の奥には――狂気が見えた。

 同類である男には、普段少女が誰にも悟らせず隠している”狂気”が感じ取れてしまったのだ。










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