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百話 王城襲撃2

「――俺も混ぜてくれよ」


 王や貴族達を目の前に、全身を返り血で赤く染めた男は舌なめずりをしながらそう言った。


「――な、貴様!!」


「兵士達はいったい何をやっておったのだ!?」


 王や貴族達に動揺が走る。

 相手はたかが一人。

 だが、軍部の長である元帥が「紅血やエルフの女王と同等」と評した化物である。

 それがどれ程なのか、王達には想像も出来ないが、彼が街や村を幾つも潰し、ここまでやって来たのは事実であった。


「おーおー揃ってんじゃねぇか」


 男は厭らしい下卑た笑みを浮かべた儘、ぐるりとその場にいる者達の顔を見回し、王冠を被った王に視線を固定し、笑う。


「アンタが王様か」


「――ひぃっ!!」


 男に見られ、王が悲鳴を上げて怯える。

 その前に元帥や軍幹部達、そして彼等に命じられた兵士達が男から隠す様にして武器を構えて立ち塞がる。

 そして、その隙間から、元帥が男に話しかけた。


「――化物に何を聞いたとて仕方ないとは思うが……何故この国を襲う? 人々を殺す?」


 それは元帥の心からの問いだった。

 王の方針で閉鎖的で常に外部との諍いが絶えない国であろうとも、冷酷な判断を迫られ決断したとしても、その根底には『国の為』という思いがあった。


「――はっ!! 何故殺すだぁ? ――ヒ、ヒャハハハハハハ!!」


 だが、その元帥の問いに帰って来たのは嘲笑だった。

 男の笑い声が王座の間に響く。


「人を殺す理由ゥ? んなもん『殺したいから』に決まってんだろォ?」


「「「「――っ!」」」」


 男の言葉に、元帥や幹部は勿論、王や貴族達でさえ声を失う。

 軍人は勿論、王や貴族というものも案外『人の死』に近い。

 派閥争いで死ぬなんてありふれた話だ。

 今彼等が貴族としているのは、派閥争いに勝ったり、上手く立ち回った結果だった。

 だが、目の前の男の言葉は、そして彼が纏う狂気は、王達でさえ理解しがたいものだった。

 男は大仰に天を仰ぐ。


「俺は殺すのが好きだ。人の肉を裂く瞬間はそりゃもう最高だ! 血を浴びる瞬間なんて勃起しちまう位だぜ! だから俺は殺す! 神様はこの俺をこの世界に転生させた! それは俺に好きなだけ殺せって事だ! そうだろォ!? だから殺すのさ! 気が済むまでなァ!!」


 王達は最早男の言葉を理解しようなどとは思わなかった。

 目の前にいるのはただ『殺しに飢えた化物』だと理解したから。

 化物を人間が理解出来る筈もない。

 だが同時に悟るしかなかった。

 この化物を止める術など自分達にはない、と。

 しかし、王達は諦めた訳では無かった。


「――構えよ!!」


 元帥の声が響く。


「死にたくなければ武器を構えよ! 国を守る兵士としての誇りがあるのならば、武器を構えよ!」


 元帥の言葉に、兵士達は覚悟を決め、それぞれの得物を構えた。

 額からは汗が、口には唾が絶えず出、手は緊張で震え、マトモに剣を握れているのかさえわからない。

 それでも尚、兵士達は国の為、敬愛する国王の為に剣を構える。

 例えそれが圧倒的なまでの力を持つ人の姿をした化物であっても。


「――ヒヒヒ、ヒヒヒヒ! ――ヒャハハハハハハ!! くっだらねぇ!! 忠誠心って奴かよおい! おーおー、どいつもこいつもクソだなおい!」


 だが、そんな元帥や兵士達の覚悟など男には関係なかった。

 男には忠誠心などわからないし、愛国心もない。

 血に狂い、殺しに飢えた男の中に渦巻いているのは堪えきれない程に膨れ上がった殺戮衝動だけだった。

 その殺戮衝動が男に言うのだ。


『殺せ、全てを殺せ』と。


 それが男の本質であると、本性であると叫ぶのだ。

 故に、男はそれに従うのだ。


「――皆殺しの時間だ」


 男は膨れ上がった殺戮衝動を、狂気を開放する。


「ヒャハハハハ! ぜえぇぇええええんぶぜぇぇええええんぶ! ぶっ壊してやるぜおい! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 手前等全員、串刺の刑だぜぇぇええええええ!! 【吸血公の(ブラッドリー)大虐殺(・カーニバル)】!!」


 敵対者には無慈悲な死を。

 殺し、磔にして晒せ。

 それこそが――”串刺公”の所以なのだから。


 大理石で出来た床を突き破り、血の色をした槍が兵士達の肌を貫き、内臓を穿ち、心臓を巻き込み、脳髄をぐちゃぐちゃに破壊し、脳天を突き破る。


「あ、あああ、ああああ……ぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!」


「あが……があああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「い、いぎぃぃぃぃぃいいいいいいいいい!!」


 兵士達の断末魔が響く。

 王達は思わず眼を瞑り、耳を塞ぐが、それでも尚兵士達の声は王達に聞こえてくる。


「あ、あぁ……あぁ」


 この様な事に慣れていない王妃や王族の子供達等は、耐えきれずに嗚咽を漏らし、失禁してしまうが、誰もそれに気付かない。

 元帥は苦しんで死んでいく部下達を見て一度瞑目すると、剣を構えてその中を掻い潜り男へと斬り掛かった。


「――お、おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」


 せめて一太刀、王達を逃がす時間を作る為に。

 だが、それは叶わぬ夢だ。


「がはっ!!」


 男の胸から現れた槍が、元帥の胸を貫いた。


「ご苦労なこったな」


「が……ぁ……あぁ」


 槍が消え、元帥の身体が力無く膝から崩れる。

 男はニヤリと笑うと、【串刺公】を使用し、元帥の身体を磔にした。

 そして、男の視線が王達に向く。


「――ひっ!!」


 怯えて身を寄せ合う王や貴族達を見て、男の笑みが更に濃くなる。

 一歩、二歩、男が近付く度に、王達は死が近付いてくると明確に理解出来た。

 この(死神)からは――逃げられない。


「ヒ、ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ!! おいおいおい! どうだよ王様御貴族様よぉ? どうせ自分達は大丈夫とか考えてたんだろォオオオオオ? ざぁぁああああんねぇぇぇんん!! 手前等全員、皆殺しだよぉおおおおおおお!!」


 男が叫んだ次の瞬間、王達の視界を紅が埋め尽くした。



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