第9話 自然な想いと、例外の存在と。
家を出発してから1時間後。
「カレーライス、美味しかったですね!」
「ですねぇ」
デパート最上階のレストランで昼食を済ませ、エスカレーター横のベンチに座り、休憩していた。
クーラーからの風が、涼しくて気持ちいい。
「すごく美味しかったですし、お店の雰囲気もオシャレでとてもよかったですし。また来ましょうね」
「はい!」
滝宮さんも俺も、看板メニューのビーフカレーを食べた。
程よい辛さと甘さで、空腹にガツンと衝撃を与える美味しさだった。
「さて、次は買い物です。まずは──2階に行きましょう」
「……? 食料品売り場は地下1階ですよ?」
「そっちにも最後に行くつもりなんですけど、まずは2階で滝宮さんの服を買いましょう」
「え──」
俺の言葉を聞き、滝宮さん、固まってしまった。
やっぱり、どこか遠慮しているのだろう。
「滝宮さん、遠慮しなくていいんですからね?」
「で、ですが──」
少し困惑気味の様子。確かに、お金を出すのは俺だけど、そこまで考え込まなくてもいいような。
「最初に滝宮さんの服を買ったとき、かなり遠慮していたでしょう? 実際、服はかなり少ないですし。洗い替えとかも必要ですから、買ってもらえると、こちらも嬉しいんです」
「でも、まだお金は返せないですし……」
「お金なら気にしないでください。両親の遺産──というほどのものでもないですけど、まあ、そこそこはあるので。それに滝宮さんは、少し特殊な事情を抱えているじゃないですか」
鏡の中の世界から飛び出してきた、という事情を。
「どうしても気になるようでしたら、鏡の中の世界に戻れて、またこちらの世界に来る機会があったら、その時に返してください」
「……すみません、何から何まで」
「いいんですよ」
俺は、気にしていない。
「滝宮さんの笑顔を見るのが好きなんですよ、俺は」
「──」
「……?」
口を半開きにして、また固まった滝宮さん。
気のせいか、頬が少し赤くなっているような。
「あ──ああいえ、そういう意味ではないですもんね、何を勘違いしてるの、私ったら」
「滝宮さん?」
やっぱり頬が赤い。風邪を引いているのなら、無理に買い物を続ける必要もないか。また近いうちに来ればいいんだから。
「だ、大丈夫です! 早く行きましょう、橋月君!」
「は、はい」
滝宮さん、ちょっと怒ってる?
少しだけど、怒っている滝宮さんを見るの、初めてかもしれない。
◆◆◆
午後2時、橋月宅。
俺、新庄幸太郎は、居間のテーブルを挟んで鏡の中の俺と会話をしていた。
「鏡の中の世界の連中のほとんどは、何らかのタイミングで現世の映し鏡に姿を映すことができれば、あとは簡単に出入りができるようになっている」
「つまり、俺が映し鏡を覗き込んだことが災いして、お前はこっちに出てこれるようになった、ってことか」
話題──というには少し固い内容だから、議題、と言わせてもらうが、今回の議題は──『鏡の中の世界と現世の関係について』というものである。
俺の目の前で起こったことだから、鏡の中の世界という存在を信用していないわけではない。
ただ、情報がなさ過ぎて、整理ができなかったのだ。
「幸い、の間違いではないか?」
「災いで間違っていないだろうが。滝宮ちゃんに酷いことをしたってこと、マジで理解していないのか?」
そういう心境があり、俺はこうして、鏡の中の俺に話を訊いていた、というわけだ。
しかしこいつ、マジで滝宮ちゃんにしたことを分かっていないのか。
心底からの分からず屋なのか、はたまた只々鈍感なだけなのか。
どちらにしても、たちは悪いと思う。
──とは言えども、と付け加えねばならないのが、今の状況でして。
「俺、一応お前の発言を整理してみたんだけどよ、もしかして──」
滝宮ちゃんが、何らかの間違いで橋月のところへ来てしまったとすると、それ自体に問題があるだろう。
だから、重大な問題一つで連れて帰ろうとした──こういうことだろうか。
俺と目の前のもう一人の俺の前例があるから、あながち間違ってもいないんじゃないのか?
「不正解だ、全面的にな」
「おおぅ……厳しいねぇ。──とすると、なんで滝宮ちゃんを連れて帰ろうとしたんだ? それに、『滝宮ちゃんが何らかの間違いで橋月のところへ来てしまった』ってのは、半分くらいは合ってんじゃないのか?」
「だから、全面的に不正解だと言っているだろうが」
まったくもって分からない。橋月が映し鏡を覗き込んだら、鏡の中の橋月が現れるのが普通じゃないのだろうか。
「それに関しては、俺自身、完全に理解しているわけではないから『絶対』のことは言えない。しかし──」
「しかし?」
「俺があいつを連れて帰ろうとしたのと、お前が聞きたがっていること。その二つには大きな関係性がある。それは確かなことだ」
なんだろう、勿体ぶられているような。
小出しにするような内容でもないだろうし、はっきり言ってもらった方がありがたい。
「──そうか。それなら望み通り、はっきりと言おう」
「ああ、頼むわ」
鏡の中の俺は、目を閉じて深呼吸を一つして、目を開き、続けて口も開いた。
「──あいつは、橋月の前へ現れてはいけない人物だったのだよ。滝宮はいくつかの事象で『例外』。捨てられたわけでもないのに、両親はいない、親戚は繋がりどころか存在すらしない。十年ほど前に突然6歳相当の姿で生まれ、一人で生きてきたと聞いている。そんな経緯があるから、学校にも通っていない。にも関わらず、現在の学力は高校2年レベル、つまり年齢相応の頭脳は持っているのだ。どう考えてもおかしいだろう? それにプラスして、今回判明したことがある。お前なら分かるだろう」
「滝宮ちゃんは、簡単に世界を移動することができない、ってことか」
橋月から初めて鏡の中の世界のことを訊いたとき、『すぐには鏡の中の世界に帰れないらしいから、滝宮さんを家に住まわせた』と言っていた。
それを踏まえて、鏡の中の俺の発言を整理すると──。
「滝宮ちゃんは、鏡の中の世界の住人だが、どちらの世界の住人としても不完全。だからせめて、こっちの世界から鏡の中の世界へ連れ戻さなければいけなかった。──ってことか? 言葉は悪いが、合ってんだろ」
「75点の回答だな。俺はさっき、『あいつは、橋月の前へ現れてはいけない』と言ったはずだぜ?」
そうか、そのことを忘れていた。
とすると、えーっと、つまり、うーんと……?
「滝宮ちゃんは橋月に関係のある人物だけど、『世界の理』的なアレで会うはずのない人物だった、ってことか……?」
必死にひねり出した答えだが、はたして。
「100点、と言って構わないだろう。と言っても、大事なところはぼかしてあるが」
「仕方ないだろうが、マジで思いつかねぇんだから」
「ま、そうだろうな。これだけのヒントでは、あの答えには辿り着けないだろう。──いいだろう、ここまできちんと考えたお前を信用して、『答え』を教えてやる」
なんだ、結局ほとんど知ってんじゃないか、こいつ。
「早いところ教えてくれ、考え過ぎて頭が痛くなってきちまった」
「絶対に、他言無用にしろ、現世の俺よ」
「──っ! わ、分かってるよ」
言うつもりなんて更々無いが、あまりの気迫に少し気圧されてしまった。
そんな俺の態度を真っ向から無視し、鏡の中の俺は、『予想だにしなかった事実』を告げた。
「滝宮鼎は、橋月宴の──」
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『映し鏡と現世の!』
第9話 『自然な想いと、例外の存在と。』
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