第8話 買い物組と留守番組と。
「街中へ買い物、ですか」
新庄(鏡)によるドタバタがあった日の2日後、つまり水曜日。
朝食の食器を洗い終え、残っている宿題を2階の自室から持ち出して1階へ下りようとした俺を、同じく2階にいた滝宮さんが呼び止めた。
空の洗濯かごを抱えていた。ベランダに洗濯物を干していたようだ。
「はい、一昨日私が風邪を引いてしまったとき、スーパーに買い物に行けなかったじゃないですか。なので……街中へ買い物に行こうかな、と」
「……他にも理由、ありますね?」
「わ、分かるんですか!?」
そりゃまあ、分かるだろう。
『街中』に買い物に行きたい、と滝宮さんは言っているのだ。
食料品や生活用品だけなら近所のスーパーで事足りるし、何か別の理由があるのだろう。
「じ、実は……行ってみたいレストランがありまして」
「なるほど、そういうことでしたか。そうすると、昼ごろに行ってそこで昼食にして、そのあとに買い物にすれば……」
「い、行っていいんですか!?」
──滝宮さん、いつになく嬉しそう。
「もちろんですよ。それで、街中のどのあたりにある店なんですか?」
「詳しい場所は分からないんですけど、確か……新しくできたデパートの、最上階にあるらしいです」
「新しくできたデパート……ああ、駅前のあそこか。場所は分かりますよ、ついでにそのデパートで買い物も済ませられますし、いいじゃないですか、行きましょう、そのレストラン」
「はい! で、では準備をしてきます!」
そう言って滝宮さんは、洗濯かごを持ち、階段を下りて行った。
うん、本当に嬉しそう。
──そう言えば、あそこのレストランって、前にテレビで紹介されたとか。
確か、カレーライスが有名なんだっけ?
滝宮さん、その番組を見ていたのかな。
◆◆◆
出かける準備をし終え、玄関にて。
「……あ」
そう言えば、ネット通販で携帯のフィルムを頼んでおいたのだった。
昨日の昼、携帯を持ち上げた時に持ち方が悪くはがれてしまったから、急いで注文しておいたのを忘れていた。
翌日届くと書いてあったけど、まだ届いていない。午後には届くのだろうけど、午後いっぱいは出かけているし──。
「滝宮さんに言って、出かけるのを明日にずらすか……?」
いや、それは(今の状況では)不可能に近い。
滝宮さんは既に、出かける準備をしているのだ。そんな滝宮さんに『出かけるのは中止です』なんて言えるだけの図太さ、というか無神経さは持ち合わせていない。
そうなると、やはり今日出かけて、明日にでも受け取るべきか。
「……本当、どうしよう」
後から滝宮さんがこの事実を知ったら、『私のわがままで迷惑を──』なんてことを言い出す気がしてならない。
それだけは避けたい。実際、滝宮さんのせいではないのだから。
どの選択が最良か──そう考えつつ、外の郵便受けに投函されているだろうチラシの束を取るために玄関の引き戸を開け、外に出ようとする。
──と。
「ありゃ、どっか行くのか?」
「……新庄!」
引き戸を開けると、救世主が立っていた。
「新庄、頼む! 留守番をしてくれ!」
「……ゴメン、話が1ミリも見えないんだけど」
「じ、実はこれから、滝宮さんと街中に買い物に行くんだけど、通販で携帯のフィルムを注文していたのを忘れていたんだ。買い物に行った後に滝宮さんがこのことを知ったら、俺に迷惑だったんじゃ、なんてことを思ってしまうかもしれないから、こっそりお前が荷物を受け取ってくれないかな、ということなんだが」
「とても簡潔にありがとう。……それを、なんで俺に頼むんだ……」
全く分からないという感じで、左手で頭を抱えて考える人、新庄君。──あれ、考える人って頭を抱えてはいなかったっけ。──まあ、いいや。
「この状況で頼まないほうがおかしい」
「謎理論だな。……ま、いっか。デートの予定をなくさせるなんて真似、俺にはできねぇからなぁ」
「そんなんじゃないっての」
なんでもかんでも恋愛につなげようとするんだから、こいつは。
ある意味では、健全な高校生なのかもしれないけど。
「でもまぁ、一応言っておいた方がいいと思うぜ、滝宮ちゃんには」
「え……やっぱりそうか?」
「当たり前だろ、いきなり俺が『留守番することになったよ』なんて言ったら、不自然さしか伝わらないだろうが」
むぅ……悔しいが、新庄の言うとおりだ。
仕方ない、滝宮さんに正直に言うことにしよう。
「そうするこったな。じゃ、上がらせてもらうよ。もう出かけるんだろ?」
「ああ。俺は滝宮さんを呼んでくるよ」
「了解、俺は居間でのんびりさせてもらうぜ。ゲーム機使ってもいいか?」
靴を脱ぎ、廊下に立つ新庄。
ゲーム機なら、勝手に使ってもらって構わない。
「もちろん。多分、そんなに遅くはならないと思うけど……」
昼食をレストランで食べて、買い物をするだけだし。
「時間なんか気にするな、のんびり買い物を楽しんで来いよ」
「いや、いくらなんでも新庄に悪いし……」
「大丈夫だ。ゲーム以外にも、時間をつぶす方法はあるからな」
そう言って、新庄は廊下を数歩歩き、居間の扉を開け、中に入った。
「お、クーラー効いてるじゃん! 留守番してる間、つけたままでいいか?」
「あ、ああ、構わないよ」
ゲーム以外に時間をつぶす方法──一体どんな方法なのだろう。
まあ、深く考えなくてもいいか。
新庄って、俺より頭の回転がかなり速いからか、時々何を考えているのか分からない時があるんだよな。
学力は同じはずなんだけどな……。
◆
「すみませんが、新庄君、お留守番をお願いします」
「気にしないで。ゆっくり楽しんできな、滝宮ちゃん」
「はい!」
滝宮さんはそう言って、真っ白のワンピースを揺らして、外へと歩いていった。
「じゃ、留守番頼んだぜ」
「へいへい、楽しんでこいよ」
「ああ、行ってくる」
滝宮さんに続き、俺も外に出て、玄関の引き戸を閉める。
「それじゃ、行きましょうか」
「はい!」
デパートへは、歩いて行くことにした。
裃さんのお姉さんの自転車はまだ借りているのだけど、デパートの周辺に駐輪場がないから、というのが理由のうちの一つ。
それと、色々なものを買うつもりのため、大きな荷物を自転車のカゴに入れるのは危険だろう、と考えたこともあって、徒歩で行くことにしたのだ。
「楽しみですね、デパートのレストラン!」
「そうですね、楽しみです」
滝宮さん、すごく嬉しそうにしている。
ホント、新庄に頼んで正解だったな。
◆◆◆
橋月と滝宮ちゃんが出かけてから、30分後。
レースゲームをしながら、俺は『会話していた』。
「……俺も、街中へ行きたかったんだが」
相手はもちろん、一昨日初めて出会った『俺』である。
レースゲームをやり始めて10分が経過した頃に、居間の扉を開けてひょっこり顔を出してきやがったのだ。
どうやら、俺が一々鏡の前に立たなくても、出てくることができるらしい。
「双子でもないのに同じ顔が二つ並んでたら不気味だろうから、俺が出かけずにお前だけ出かけたとしよう。……俺の知り合いから声をかけられたら、お前、反応できないだろうが」
「──ほう」
何かを納得したかのように、頷き、俺を物珍しげに見てくる。
「現世の俺、その顔で、何にも考えていないわけではないんだな」
「自分を貶しているということ、少しは理解しようか、鏡の中の俺よ」
冷静な奴だと勘違いしていた。思っていたよりも、天然らしい。
「人通りが少ない時間帯で、近所なら、今度連れてってやるよ」
「ああ、そうしてくれ」
「なんでお前はそう、上から目線なんですかねぇ……」
やっぱり、冷静でも天然でもなく、我が儘なだけな気がしてきた。
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『映し鏡と現世の!』
第8話 『買い物組と留守番組と。』
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