第5話 滝宮と、新庄と。
「……しっかし、あいつに親戚がいるなんてな。全然想像もつかなかったぜ」
新庄君が来てから、二十分ほど経った頃。
話す話題が無くなってしまい、さっきの話──橋月君のお父さんに関する話を喋ってしまったことを、隠しつつも相当悔やんでいそうな新庄君の態度もあって、数分ほどはテレビの音だけが居間に流れていた。
ほとんど表には出していないものの、やはり雰囲気で分かってしまう。
橋月君のお父さんの話を、それを知らない人に話してしまったことを、申し訳なく思っているのだろう。
──静寂の居間に、『カラン』、と氷の解ける音。
それを合図にしたかのように、新庄君が喋り始めてくれたのだ。
「そうなんですか?」
親戚がいない、なんてことは普通一般、ほとんどあり得ないと思う。
いくらご両親がいなくても、つながりはあると思うのだけど。というかむしろ、つながりが強くてもおかしくはないと思う。
まあ、そう言う私も、親戚、一人もいないけど。
「ほら、あいつって両親いないだろ? 親戚は自然と離れていったとか言ってたし。だから、正確に言うなら……『身近な親戚がいない』と思ってたんだよ」
頭の中の単語を一つ一つ整理するかのように、とても大切な思い出を振り返るかのように。
ゆっくりとその口から、記憶が言葉となり、こぼれ出していく。
「だから、嬉しかったんだ」
「嬉しかった、ですか?」
「ああ、『嬉しかった』。あいつの近くに、君みたいな優しい娘がいてくれたことが、本当にうれしかったんだ。これで、あいつも少しは安らぎを覚えられるかな、なんてね」
──驚いた。
私のことをここまで信用してくれている、新庄君にも驚いたけど。
──そこまでのことを話すなんて、橋月君、新庄君のことをすごく信頼しているんだろうな、と。
「付き合い長いからねぇ。身の上話をする機会が少しあっただけだよ」
そう言って、新庄君は嬉しそうに、ささやかに笑う。
「あ、このことはあいつには話さないでくれるかい? ここまであいつを心配しているなんて知られたら、さすがの俺も変な態度になっちまうからさ」
「勝手に言ったりはしないですよ」
「お願いね。……親友だなんて思っているのは、俺だけだろうから」
──む、少し引っかかった。
「じゃ、俺はそろそろ帰るよ」
「……え、橋月君を待っていたんじゃ」
「この時間まで帰ってこないってことは、スーパーで買い物でもしてる、ってところだと思うからね。お昼時にお邪魔したままってのは、さすがに気が引けるよ」
──やっぱり、新庄君っていい人なんだろうな。
今日一日だけの、それも十数分ほどの会話だけだけど、なんとなく、そう思った。
「でも、何かご用があったから来てくださったんじゃ」
「大した用事じゃないよ。夏休み中の空いている日が合えば、一緒に遊ぼう、ってな感じのことさ。あとでメールしておくから、心配しないで」
「わ、分かりました」
そう言って、新庄君は立ち上がり、持ってきたエナメルバッグを抱えて、居間を出て玄関へ。
私も、その後に続く。
◆
「それじゃ、また近いうちに。裃さんも入れて、4人で遊べる時があれば遊ぼうね」
「はい、その時はお願いします。──あの、新庄君」
「ん?」
靴を履き終え、立ち上がった新庄君が振り向く。
「橋月君も、きっと、親友だと思っていますよ」
「……へへ、ありがと。じゃあ、またね!」
「はい!」
少し頬を赤らめながら、玄関の扉を開け、新庄君は帰っていった。
──本当に、優しい人だ。
「……絶対に、親友だと思っていますよ」
胸の奥に、暖かな想いを見つけられた。
何かを心配していたような気もするけど、今となってはもう、どうでもいいこととなった。
「さて、洗濯物が乾いたか、確認してきますか!」
2階のベランダへ向かうため、階段を上る。
私は、今の私にできることをしよう。
◆◆◆
夏休み3日目の、新庄からのメールで、俺たちは夏休みの計画を立てた。
尤も、新庄は卓球部、裃さんは美術部で忙しいから、その2人の休日が重なった日に遊ぶ、という風になってはいるが。
平日は二人とも毎日部活らしいので、まずは夏休みに入ってから2回目、つまり次の土曜日に遊ぶこととなった。
夏休み5日目、少し涼しかった水曜日、その夕方。
俺は、新庄からの電話を自室で受け、どこで遊ぶかの相談をしていた。
『せっかく滝宮ちゃんがいることですし、プールにでも行きやしょうよ、旦那ぁ』
「どんなキャラなんだよそれ。……ま、いっか。たまには開放的な息抜きも必要だよな」
『そうだよ! 宿題ばっかしてたら脳みそ腐っちまうぜ!』
絶妙に矛盾している気がする。きっと気のせいではない。
「……あ、滝宮さんの水着、どうしよう」
滝宮さんと買い物に行ったときに、俺の貯金で服などは買ったが、さすがに水着は買っていない。
プールに行くことを見越すなんて芸当、この俺にできるはずがないだろう。
『少し遠いけど、市民プールなら水着のレンタルがやってるから、そっちに行けばその問題は解決できますぜ、旦那ぁ』
「なるほどな。──さっきから、なんでそんなにテンション高いんだ?」
『決まってるじゃないですか、旦那ぁ?』
電話の向こうで一呼吸置いて、疑問の答えを返してくる。
『滝宮ちゃんの水着目当てです!』
「死ね変態」
『やっぱりその単語二つで返ってきたぁあ! 泣きそうですよぉお!』
とは言いつつも、いつもの罵倒に屈せず、ハイテンションを崩さない新庄君。やりおる。
『と、とにかくだ。明々後日の土曜日、プールに行くってことでいいな?』
「ああ、いいぜ。滝宮さんにもちゃんと言っておくよ、お前が滝宮さんを狙っているってこと」
『あの娘は狙ってないからね!? だから言わないでよ!?』
──『あの娘は』?
まるで、滝宮さん以外の誰かのことを狙っているかのような発言なのだが。
『なんでどうでもいいところで鋭いんですかね、お前は』
「えっと……どういうこと?」
『一瞬で鈍くなった! ……ま、まあ、さっきのは気にするな。で、明々後日の朝は、9時ごろにお前の家に集合でいいか?』
それで構わないだろう。俺の家が一番、市民プールに近いし。
『じゃ、また明々後日なー!』
「はいはい、また明々後日」
あまり聞かない挨拶を交わして、俺は携帯の画面の『切断』のボタンをタッチし、電話を切った。
──さて、このことを滝宮さんに伝えてきますか。
さすがに、新庄が滝宮さんのことを狙っていた云々は言わないでおこう。
冗談だと言っても、滝宮さんのことだ、きっと考え込んでしまうかもしれない。
携帯を充電コードに繋ぎ、自室のテーブルの上に置く。
部屋の扉を開け、電気を消し、1階で夕飯の用意をしてくれている滝宮さんの元へ向かう。
今日は、カレーを作ってくれている。
今朝、『今晩のご飯は、私に任せてください!』と言ってくれたので、夕飯は滝宮さんに任せることになったのだ。
何を作ってくれるのかと訊いたとき、『秘密です♪』と答えていたのだが、そのあとに一緒に行った買い物ですぐにカレーだと判明した。
カレールーを買っていたのだから、分からないほうがおかしいと言うか。
2階の廊下にも、ほんのりとカレーの匂いが漂っていた。
夕飯、楽しみだ。
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『映し鏡と現世の!』
第5話 『滝宮と、新庄と。』
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