第4話 登校日と留守番と。
「橋月お前、こんな可愛い親戚いたんだな! 知らなかったぜ!」
「あ、ああ、うん……」
どうやら、滝宮さんは新庄たちに『親戚です』と言ったらしい。
確かに、この状況を回避するには、その言葉が最も有効だろう。
「しかし、なんで教えてくれなかったんだよ。こんな話、一度だって聞いたことないぜ?」
「つい最近知ったことだからな、言う機会がなかっただけだよ」
「あ、そういうことね」
新庄、単純で助かる。
──とはいえ、このまま話していたら、すぐにボロが出てしまいそうだ。
「そういうことなら、俺らは帰ったほうがいいかな?」
──お?
なんでその発想に至ったのかはよく分からんが、助かる。
「『看病』してくれる子がいるんなら、心配はいらないしな。じゃ、帰ろっか裃さん」
「あ、うん……」
新庄、『看病』と強調するような言い方をしたのだけど、なんでだ?
それと裃さん、なぜか残念そう。滝宮さんと仲良くなれたから、とかかな?
◆
玄関で、靴を履いた新庄と裃さんを、俺と滝宮さんが見送る。
「それじゃ、『お大事に』な」
「ああ、登校日までには治すよ」
「おう、そうしろ。それじゃ」
そう言って、新庄たちは玄関から出て行った。
なんで新庄、『お大事に』ってところを強調するような言い方をしたのだろうか。
──っと、裃さんに言うことがあるのを忘れていた。
「裃さん、また来てくださいね」
「──っ!?」
「な……っ! 橋月お前、裃さんのことを……?」
新庄、何とも形容しがたい表情で驚いているのだけど、どうかしたのだろうか。
裃さんは裃さんで、固まってしまったかのように口を半開きのままにして、顔を真っ赤にしている。
「せっかく滝宮さんと仲良くなれたんですから、また遊びに来てください」
「あ……あ、うん」
「橋月……お前ってやつは……期待を裏切らねぇな……」
「……?」
新庄、さっきから一体どうしたのだろうか。
「私、今度はゆっくり裃さんとお話ししたいです!」
「う、うん! そうね、ゆっくりお話ししましょう!」
「涙目だけど大丈夫か、裃さん」
「う、うん……なんとか」
──さっきから新庄と裃さんの言動が理解できていないが、まあいいだろう。どうせ気にしたら面倒くさくなるようなことだろうし。
「それじゃ、今度こそ帰るぜ。明々後日の登校日、ちゃんと体調戻して来いよ」
「なんで後半棒読みなんだ?」
「気にするな。じゃあな」
「お、お邪魔しました!」
気合の入った『お邪魔しました』と共に、風のように外へと走っていった裃さん。
ホント、どうしたというのだろう。
「さて、買い物に行く準備をしましょうか」
「はい!」
玄関の扉を閉め、居間へと向かう。
◆◆◆
3日後、夏休み3日目。
「では、行ってきますね」
「は、はい!」
橋月宴君は、高校の登校日なので制服姿で登校していった。
私は──初めて、この家で留守番をすることとなる。
少し、ワクワクしている。
◆
『おや、実に美味しそうなカレーライスですねぇ』
『当店では、独自の配合のスパイスを使っておりますので──』
──というのも、この『テレビ』を自由に使っていい、と言われたためである。
鏡の中の世界にはないものだから、最初こそ戸惑ったけど、今ではこの『リモコン』で自由に番組を変えることまでできるようになった。えっへん。
「ホントだ……すごく美味しそう」
テレビでは、巷で有名、という宣伝文句を謳っているカレーのお店の特集が放送されていた。
昨日と一昨日(というか私がこっちの世界に来てから)は、料理は橋月君が担当してくれていたので、今日は私が作ろうかな、なんて思ったり。
──カレーが食べたいから、なんて理由だったりもする。
「でも、さすがにお世話になり過ぎだよね……」
一昨日からは、食事関係は橋月君、洗濯は私、という分担でやっているのだけれど。
いきなりこっちに来てしまった私は、当然お金を持っているはずもなく、買い物のお金は全て橋月君に払ってもらったのだ。
幸い、お金は同じ形だから、元の世界に戻れれば、返せるとは思う。
鏡を挟んだ世界ではあるけど、文字や形の『左右』は同じらしいし。
──と。
考え事をしながらテレビを流し見していると、唐突にチャイムが家に響いた。
突然だから少し驚いたけど、すぐに玄関のチャイムだと理解する。
「誰か来たのかな……?」
多分、テレビの音は外に聞こえてしまっているだろうから、居留守は不可能だと思う。
でも、ここは橋月君の家だし、私が出たら不審に思われるだろう。
──どうしよう。
「と、とりあえず……」
玄関まで、行ってみよう。
◆
で、玄関に着いたのだけど。
引き戸の上半分が不透明なガラスになっているおかげで、シルエットだけは確認できた。
できた、のだけど。
──白いシャツと、少し日焼けしていそうな肌の色、そして黒髪短髪。
これって、もしかしなくても、制服だよね。
『ありゃ、おっかしいな……テレビの音が聞こえた気がしたんだけどな』
──間違いなく、つい先日会った『あの人』だ。
橋月君のお母さんの靴を履き、玄関の鍵を開け、扉を開ける。
「こんにちは、新庄君」
「お、滝宮さんじゃないっすか! こんにちは、滝宮さん。橋月の奴、いる?」
「いえ、まだ学校から帰ってきていませんよ」
「あれ、そうだったのか……あ、そう言えばあいつ、職員室の方に向かってたな」
思い出したようで、少し考えてから。
「じゃあ俺、外で待ってるよ。そんなにはかからないと思うし」
「家の中で待っていてください、外は暑いですし。橋月君のお友達を邪険に扱うことなんてできません」
「そう? それじゃ遠慮なく。お邪魔します、と」
「どうぞ! 少し待っててくださいね」
先に居間に入り、少し片付けてから、玄関で待っている新庄君を呼ぶ。
◆
パンパンに膨らんだ重そうなエナメルバッグを居間の畳の上に置き、『ふーぅ』とため息を吐いた新庄君。
登校日だけど、こんなに荷物が必要だったのだろうか。
橋月君のカバンは、とても軽そうだったのだけど。
「部活があると勘違いしててさ。登校日の卓球部の活動はなかったの、すっかり忘れてたよ。橋月に関しては……あいつは部活入ってないからね。筆記用具くらいしか持っていってないんじゃないかな?」
苦笑いしながら、新庄君はそう話す。
橋月君が部活に入っていないのって、やっぱり……。
「自分のことで手一杯だから、部活には入らない、って言ってたよ。仕方ないのかもしれないけど、部活には入ってもらいたかったな。この時期にしか体験できないことって、たくさんあると思うし」
「そうですよね……難しい問題ですけどね。あ、麦茶どうぞ」
冷蔵庫の中に、作ってあった麦茶があったので、ガラスのコップに入れて新庄君の前に置く。
「ありがと。──ごめんね、突然押しかけちゃって」
「いえいえ! 気にしないでください」
一応、橋月君からは『飲み物とか、適当に飲んでもらっていいですからね』と許可を得てある。
「あの、なんで橋月君、職員室へ……?」
「多分、いつもの用事だと思うよ」
「いつもの用事、ですか?」
「両親がいないから、色々手続きがあるみたいでさ。度々、担任に呼ばれてるんだよね」
なるほど、そういうことも橋月君自身がしないといけないのか。
本当に、橋月君は凄いなぁ。
「ね、ホントに凄いよね。自分の身の回りのこと、完璧に一人でやっているわけだし。ああ、でも最近は違うのかな?」
「最近、ですか?」
「滝宮さんがいるでしょ? どういう経緯で会ったのかは分からないけど、どうやら滝宮さんたちは一緒にこの家に住んでいるようだし。家事は分担しているんでしょ?」
「よ、よく分かりましたね……」
ズバリ当てられた。なんで分かったんだろう……?
「滝宮さんの性格を考えれば、このくらいはね。家事を任せっきりなのは申し訳なく思ったとか、そんなところじゃない?」
「そ、その通りです……!」
新庄君、普段の態度と違って、実は凄い洞察力の持ち主だったりして。
「あまり考え過ぎないほうがいいと思うよ。橋月は底なしの親切心の持ち主だからね」
「そうでしょうか……」
「うん。滝宮さんもなんとなく分かってるでしょ? あいつは他人の世話をするのが好きなんだよ。父親が反面教師になってるんだろうね」
──父親?
両親が亡くなっている、と言うことは聞いたけど、詳しくは聞けていないから、少し気になった。
「あの、橋月君のお父さんって」
「ありゃ、知らなかったのか……失言だったかな」
「……?」
失言──と言うことは、知らない方がいい類の話なのだろうか。
「教えてもいいんだろうけど……滝宮さんは橋月と一緒の家で暮らしているわけだし、俺が話すのはなんか違うような気がするから、俺からは言わないよ。本当に知りたくなったら、橋月に訊いてみな」
「あ、は、はい……」
あまり耳触りのいい話ではないようだし、この話題はもうやめよう。
もちろん、橋月君にも訊かないことにする。
──気には、なるけれど。
◆◆◆
『映し鏡と現世の!』
第4話 『登校日と留守番と。』
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