第15話 帰り道と、好きな人と。
午後9時過ぎ。
俺は、駅前のデパートに来ていた。
「……暇だ」
いやまぁ、暇っつーか、心配とか不安とかで動いていたいというか。
暇なのは本当なのだけど。
鏡の世界の俺に『橋月と滝宮なら心配いらない』なんて言われたから橋月の家から出てきたけど、何もすることがない。──何もする気が起きない、と言った方が適切かもしれない。
一応、駅前のゲーセンにも寄ったのだけど、ゲームをする気になれず、すぐに退散した。
で、デパートに来たのだけど……いろいろ考えすぎて、何かを買う気になれないのだ。
──鏡の世界の俺が、俺に負担をかけさせないように言った言葉だということは、分かっている。
確かに俺は、一人で背負いすぎていたのかもしれないし。そういうところを見抜ける辺り、ただの天然野郎じゃないのかもな、あいつ。
「俺自身なんだから、当たり前か。──って、あれは」
グダグダ考えながら地下1階の食品売り場を歩いていると、偶然目の前に、ビニール袋を両手に提げた、最近よく会う女子の背中が。
こんな心境で、好きな人に会うとは。
俺にどうしろっていうのか、神様がいるんなら問いただしたい。
──することなんて、決まってるか。
「こんばんは、裃さん」
「ふぉ!? ……し、新庄君?」
話すに、決まってるじゃないか。
◆
裃さんは、遅めの夕飯のおかずを買い終えたところらしい。
買い物はすべて済んで、もう帰ろうとしていたらしいので、一緒に帰ることにする。
お互いの家はそこまで遠くない。裃さんの家まで送って行っても、10時までには自宅に帰れるだろう。
「ごめんね、荷物持ってもらっちゃって」
「気にしないで。こっちこそごめんね、ついてきちゃって」
「ううん、送ってもらえるのは嬉しいよ。夜道だし、ちょっと怖かったから」
そう言って、本当に嬉しそうに微笑む裃さん。
──うん、やっぱり話しておくべきだよな。
「あのさ、伝えておきたいことがあるんだけど……裃さん?」
「──」
俺の言葉を聞いた裃さんの顔、なぜか紅潮している。──って『なぜか』じゃねぇ!
「か、裃さん、これから話すことは、橋月と滝宮さんのことだから、『そういうこと』じゃないから!」
「え? ……あはは、ごめん、早とちりしちゃったね」
「そ、そうらしいね」
赤く染まった顔を見合う二人。──なんてぎこちない二人。
「実は、滝宮さんがこっちの世界からも、鏡の中の世界からも消えたんだ」
「え!? そ、それって大変なことじゃ……」
「うん。でも、鏡の世界の俺が動いてくれているらしいから、大丈夫──だと思う。それに、ね?」
「?」
あいつが──橋月が、動いているのだから。
「橋月が頑張っているみたいだから、何も心配することはないと思うんだ。滝宮さんの正体のことを考えれば、きっと橋月がなんとかしてくれる。そう信じてるんだよ」
「鼎ちゃんの正体──?」
「ああ、言ってなかったっけ。滝宮さんは──」
◆
「そ、そんな事実が……」
「あはは、さすがに驚いたかな」
「そりゃ驚くわよ、そんなことを聞かされたら」
「だよね。鏡の世界の俺から最初に聞いたときは、俺もすごく驚いたよ」
俺の言葉の後に、でも、と置いてから、裃さんは続ける。
「鼎ちゃんは鼎ちゃんだから、接し方は変わらないわ」
「そう言ってくれると思ってたよ。さすが、俺のす──」
「す? ──ねぇ、何を言おうとしたの?」
──裃さん、こんな意地悪そうな表情もするんだな。
「いや、なんでもない」
「す、の後に何か付くのかな? 『俺のす』──なんだろうなぁ♪」
「……はぁ。負けたよ」
「え? ──っ!?」
荷物を左手に持ち替え、右手を裃さんの後頭部へ優しく当てる。
裃さんの顔を固定して、一瞬ひるんだ隙を狙い、唇を──奪う。
世間一般でいうところの、その、なんだ。……キス、というやつか。
多めに5秒。
体感では、それ以上。
「──俺の好きな人、俺と付き合ってください」
お互いの頬は、これ以上ないくらいに紅潮している。
「……──はい」
女神のように、微笑んでくれる。
やっぱり、俺はこの人が好きだ。
「……順序が逆な気もするけど」
「そこは気にしないでもらえるとありがたいです」
「ふふっ、気にしないでいてあげる。──ね、新庄君」
「ん? ──ああ、そうだね」
差し出された左手を、右手でそっと握り返す。
「鼎ちゃん、帰ってきてくれるかな」
「きっと大丈夫だよ。確証はないけどね。──信じて待ってみよう」
「うん。……あ、もう家かぁ」
いつの間にか、裃さんの家の前まで歩いてきていたようだ。
「着いちゃったね。はい、荷物。それじゃ、俺はこれで──」
「ね、新庄君」
ドキドキが静まらない俺に、裃さんは嬉しそうに微笑んで。
「私も好きだよ。──それじゃあね!」
それだけ言って、裃さんは家のドアを開け、入っていった。
「……ははっ」
ああ、なんかもう、笑いしか出てこない。
心は静まるどころか、もっとドキドキしてきた。
「きっと、大丈夫だよな」
夜空を見上げて、誰に向けたものでもない言葉をつぶやく。
きっと、うまくいく。
あいつが──橋月が、頑張っているのだから。
俺は、待っていよう。
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『映し鏡と現世の!』
第15話 『帰り道と、好きな人と。』
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