第13話 告白と、想起と。
午前12時。
「ごちそうさま、でした……」
「た、滝宮さん、足りましたか?」
「は、はい! おいしかったです!」
「そ、それはよかったです……はい……」
──半端じゃない気まずさが、台所に漂っていた。
◆◆
「は、橋月君! ちょっといい……?」
8月最初の、夏休みに入ってから3回目の日曜日。午前11時30分。
そろそろ昼食の準備をしなければ、と台所で冷蔵庫の中身を確認していると、後ろから滝宮さんに声をかけられた。
「どうかしましたか?」
「そ、その、お話したいことが、あるんですけど」
「……?」
滝宮さん、何故か言い淀んでいる。
言いにくいことなのだろうか。なんだろう、何かしちゃったかな。
「遠慮なく言ってくださいね。要望とかですか──あれ?」
台所から見える居間の窓に、人影が見えたような。
──いやいや、さすがに気のせいだろう。新庄や裃さんは他人の家を覗くような人じゃないし。
そうなると、鏡の中の世界の住人……だろうか。滝宮さんと新庄(鏡)しか心当たりがないけど、滝宮さんは俺の目の前にいるし、新庄(鏡)が覗いていた、ってことになるな。
──あいつ、覗くような奴じゃないと思うけど。
「どうかしたんですか?」
「ああいえ、なんでもないですよ。で、何か──」
「そ、その、いきなり本題に入ります」
「はい、どうぞ」
カレーが食べたいとか、服が欲しいとか、そういうことを遠慮しないで言ってもらいたかったから、滝宮さんから言ってきてくれるのは、本当に嬉しい。
何らかの要望だろうと、思っていたのだろうけど。
「あの、私──」
「はい」
「橋月君のことが、好きです」
◆◆
昼食で使った食器を片付け終えても、もちろん気まずい空気は変わることなく存在していた。
滝宮さんは少し疲れたようで、食器の片付けをあらかた終えたあたりで2階の寝室に行った。
「……なんだかなぁ」
告白してくれた時に『少し考えさせてください』という(一応の)返事はしたのだけど、それが正解だったかと言われると、正直わからない。
すぐに『俺も好きです』と言っていれば、こんなに気まずくはならなかったのだろうけど、実際迷いがあったのだから仕方ないだろう。いずれにしても、覆水盆になんちゃら。
「迷い、か」
嬉しいことには違いないのだ。滝宮さんから言われて初めて気づいたが、俺は滝宮さんのことが気になっていた。もちろん、恋愛的な意味で。
でも、迷った。
嬉しいけど、その裏で。
──得体の知れない不安が、渦巻いているのだ。
「──いくらなんでも、考えすぎだよな。疲れてるのかな?」
──考えすぎて、眠くなってきた。
顔を洗って、眠気を覚まそう。
「脱衣所行こう……」
グダグダ独り言を言っていてもしょうがない。
目を覚まして、色々と考えなければ。
◆
バシャバシャッ、と音を立てて、強く顔を洗う。
水がはねて鏡にかかっても、気にしない。
『私たちもいるんだし、水しぶきには気をつけてくれるー?』
──気にしてなかった結果が、これである。
「え……裃さん?」
『ですよー! 君とは初めましてだったね。では改めて。──初めまして! 鏡の中の世界の裃水留です!』
「初めまして、俺は橋月宴です。……あれ?」
鏡の世界の裃さんが映し鏡に映っているということは、こっちの世界の裃さんはすでに鏡の中の世界について知っている、ってことだよな。
鏡の世界の自分を見たのなら、知っていても不思議ではないだろう。
「こっちの世界の裃さんは、鏡の中の世界のこと、いつ知ったんですか?」
『一昨日だよー。それはそれは驚いていたよ。ああ、もう1回あの表情を見たいなぁ』
「別世界とはいえ、一応自分なんですから、お手柔らかにしてあげてくださいね。──で、俺に何かご用ですか?」
鏡の世界の新庄の一件を思い出し、つい強く出てしまった。
だが、裃さんは態度を一切変えることなく、無邪気に(俺にとっては)衝撃的な一言を言い放ってきた。
『滝宮ちゃんが君に告白するように仕向けたのは、私だってことを伝えようと思って!』
「──は?」
一瞬、意味が分からなかった。
滝宮さんは、俺のことを好きじゃなかったのか、なんて方向に考えが向かってしまうほど、動揺させられた……のだが。
『滝宮ちゃんは、君のことを好いている。これは間違いない事実だから、安心していいよ。私は、告白するように仕向けただけ。『早くしないと橋月君、誰かに取られちゃうよー!』なんて具合に、ね♪』
なるほど、前触れなしに告白してきたのは、それが原因だったのか。
──もちろん、これで全て納得したわけではない。
「なんでそんなことを」
『ふふっ、決まってるじゃないか。言っても君には分からないだろうし、言わないでおくよ』
「言ってください」
『──強気だね。分からないだろうに、それでも聞くのかい?』
そんなの決まっている。
滝宮さんをそうさせるほどの理由があるのは、鏡の世界の裃さんを見れば一発で分かる。
無邪気な態度から一変、俺の目をまっすぐに見つめ、返答を待つ鏡の世界の裃さんに、はっきりと言ってやる。
「当たり前です。聞かせてください」
『──うん、いいよ。ただ、本当に今はまだ分からないと思うから、質問はしないでね』
そう一言置いて、俺の質問に対する答えを、これまたはっきりと言ってくる。
『君の未来を──君たちの未来を作るため、だよ♪』
──分かるような、分からないような。言われた通り、質問はしないでおく。
いつか、分かる時が来るのだろうか。
『それじゃ、私はこの辺で失礼するよ。君たちのこと、応援してるからねー!』
そんな言葉を残し、鏡の世界の裃さんは鏡の奥へと走っていき、消えた。
◆
脱衣所を出た俺は、居間でテレビを見ていた。
日曜日とはいえ、この時間にやっているのはニュース番組だけ。
流し見しつつ、昼食前、告白される前のことを思い出していた。
「……覗いてたの、鏡の世界の裃さんだったのか」
覗き見なんて趣味が悪いな、と一瞬思ったが、告白するように仕向けたのがうまくいったか確かめたくなる気持ちは分かる。分かるけども──。
「って、そうじゃなくて」
今考えるべきは、滝宮さんへの返事をどうするか、のはずだ。
だが、未だに迷いがあるのだ。
──俺なんかが、『過去から逃げ続けた俺なんか』が、滝宮さんと付き合っていいのだろうか。
俺は滝宮さんにふさわしい人間なのか。
家族の幸せを知らない俺が付き合ったところで、幸せになれるのか。
そんなことばかり、考えてしまう。
──なら、することは決まっている。
立ち上がり、居間から廊下に出て、玄関ではなく『仏間』へ。
◆
仏壇の前で、長年あげていなかった線香に火をつけ、香炉に立てる。
本数とかはよく分からないので、2本一緒に立てた。間違っていても罰は当たらないだろう。たぶん。
「……母さん」
俺が生まれた直後に亡くなった、俺の母親。
「俺、過去を見ることにするよ」
返事が返ってくるわけじゃないけど、少し間を置きつつ。
「滝宮さんにふさわしい人間になるために、頑張ろうと思う」
見つめる時が、来たのだ。
俺の、酷くあやふやな、十数年間のことを。
◆◆◆
『映し鏡と現世の!』
第13話 『告白と、想起と。』
◆◆◆




