第12話 新庄と、裃と。
「……はぁ」
ため息。
嫌なことがあったから吐いた系のものではない。
──暇なのだ。
ここは、橋月宅の居間。
俺は、新庄幸太郎。
まぁ、要するに。
「なんで俺、また留守番なんかしてるんだろうな……」
橋月から留守番を頼まれたのである。
つーか本当に、なんで頼まれたんだっけ。
◆◆
「新庄、ちょうどいいところに!」
「……開口一番、どうした?」
夏休みに入ってから、3回目の土曜日。
午前11時、橋月宅、玄関にて。
「ちょっと俺の家にいてくれないか? 通販で充電ケーブルを頼んでたの忘れてて……」
「……つまり、留守番ですかい」
「ああ。滝宮さんと薬局に行きたいから、頼みたいんだが……急ぎの用なんだ、やっぱり急には無理か……?」
「待て待て、誰も無理だなんて言ってないだろ。別にいいよ。その代わり、ゲーム機使わせてもらうぞ」
それくらい許されるだろう。
「ああ、好きに使ってくれて構わない。薬局まで行くから、少し時間かかると思うけど」
「気にすんなよ。急ぎの用なんだろ? なら早いところ行くこったな。じゃ、お邪魔しますよ」
玄関をくぐり、橋月宅にお邪魔する。
◆◆
「……薬局に行く、としか聞いてないからなぁ」
細かいところはそもそも聞いていなかったから、思い出すも何もないというか。
橋月、かなり急いでいる感じだったし、それに薬局──ってことは、滝宮ちゃんに何かあった、と考えるのが妥当だろう。
「……つーことは、あれか」
橋月の焦り様から考えるに、女性のアレコレ──かもしれない。聞いてたら滝宮ちゃんに余計な負担をかけるところだったのかも。
いやまぁ、確かめる術なんてないから確かめようがない、というか確かめられるほど俺の神経は図太くない。
あの滝宮ちゃんのことだ、きっと橋月と買い物に行ったときに、なんとなく買えなかったのだろう。
「……こんなこと考えても、何にもならないか」
まずは、暇な今を乗り越える方法を考えよう。
まだ昼間だから、バラエティー番組はやっていない。ということでゲーム機で遊ぶことに。
あまりやっていないゲームソフトがないか探そうとした瞬間、『ピンポーン』とチャイムが鳴った。
同時に、玄関の方向から『宅配便でーす!』という、大きめな声。
「……受け取ったら、帰ってもいいかな……」
別に問題はないよね、うん。
そんなことを考えながら、テレビを消し、宅配便を受け取りに行った。
◆◆◆
「ありがとうございましたー!」
「お疲れ様ですー」
橋月宅の外に停めてあった、宅配便のトラックが動き出したのを確認し、家に入る。
さすが8月、外はめちゃくちゃ暑い。
──と、再び『ピンポーン』とチャイム。
「……ん?」
また宅配便の人かと思い、さっき受け取った荷物を確認したが、間違いなく橋月宛のものだった。
品名も充電ケーブルと書かれているし、一体誰だ……?
「はーい、どちら様で……って、裃さん?」
「し、新庄君?」
そこにいたのは、Tシャツとジーパン、スニーカー──という服装の、裃さんだった。
「あれ、鼎ちゃんと橋月君は……」
「今薬局に行ってるよ。で、宅配便を受け取るために、俺が留守番してた、ってわけ」
「あ、そうなのね。鼎ちゃんに用事があったんだけど……今日は帰ろうかな」
そう言って、右手で持っているビニール袋を見る。
鍋が入っているようだ。料理だろうか?
「カレーが好きだって聞いたから、カレーを作ってきたんだけど……また違う日に来るわ」
「滝宮ちゃん、すごく喜ぶだろうし、置いていったら? それに、そんな重いものを持って歩いて帰るの、大変でしょ?」
「あ……うん、そうかも。心配してくれてありがとね」
「……っ! いや、別にお礼を言われるようなことは何も……」
前も思ったが、懲りずに思う。
──自然な上目遣いは、反則じゃないだろうか?
「橋月たちが帰ってきたら、4人で食べようよ。あ、──俺ももらってもいい?」
裃さんの手料理だ、食べたくならない方がおかしいだろう。
──我ながら、いい選択をしたと思う。
断られなければ、の話だけど。
「もちろんだよっ! 新庄君も一緒に食べよう!」
「へ? う、うん、ありがとう」
「あ……え、えへへ」
すごい勢いで了承してくれた。
みんなで食べられるのが、相当嬉しかったのかも。
「それじゃ、上がってよ。橋月に許可を得てあるから、好きなゲームがあれば遊ぼうよ」
「う、うん! 遊ぶ! 私! 新庄君と!」
──何故に片言?
◆
「あ、あの、さ」
「ん? 気になるゲーム、なかった?」
「そ、そうじゃなくて……鼎ちゃんたち、そろそろ帰ってくるだろうから、ゲームはやめておこうかなって。中途半端なところで終わるのは嫌だし」
なるほど、確かにその通りだ。
ゲームってのは一気にやることで、惹き込まれて、楽しめるのだ。
人によって違うだろうけど、俺はそう思う。
「ん、そうだね。じゃ、何をしようか……」
「その、お話、しない……?」
「いいね、そうしよう。何か話題あったりする?」
「今日持ってきた、カレーなんだけど……」
◆
「え、いつもそんなに手間かけてるの!?」
「そのほうが美味しくなるのよ。……なーんて、全部お母さんの受け売りなんだけどね」
「それを実行できるあたり、すごいと思うよ。カレー、より楽しみになってきたよ!」
「えへへ、そうでしょ!」
ルーを使わず、スパイスを独自の分量で混ぜるようなところから作っているとは。
「滝宮ちゃん、きっと喜んでくれるよ」
「そうだといいなぁ……♪」
──という、一見自然な会話の中に、一つの疑問点を見つけた。
裃さん、さっきから『橋月』に関することをほとんど口にしていないのだ。
話したとしても『鼎ちゃんと橋月君も喜んでくれるかな』のように、滝宮ちゃんとセットで扱っているような、そんな話し方。
俺は、裃さんが橋月のことを好きだってことを知っている。この場には裃さんと俺しかいないわけだし、話さないようにしている、って感じじゃないし。うーん……?
「ちょっとトイレに行ってくるね」
「はーい」
なぜか機嫌は良いし。今ばかりは裃さんの心が読めない。
鈍感じゃないと思うんだけどなぁ。
◆
「よし、戻るか」
トイレを済ませた後、脱衣所の洗面台で手を洗い、ハンカチで手を拭き、ふと左側の鏡──に映る右側の鏡をなんとなく見た。
この間からずっと変わらず、映し鏡ができたまま。
変える理由もないから、放置してあるのだ。
「……ん?」
数秒、動作停止。つまり戸惑い。
何かを初めて体験したときってのは、こんな反応をするんだな、と俺の身体で知ることになった。
──いや、そんなことはどうでもいいんだって。
「え……っと」
鏡の世界の俺の姿を(数日ほどだけど)見ていなかったから、そろそろ出てくるんじゃないかと思い、見てみたわけなのだけど──予想の斜め上というか、予想外の現象に出くわした。
「か、裃さん?」
『はいな、裃ですよー。あまり驚かないあたり、鏡の中の世界に関する現象に順応してきたんだね』
「……うん、まあ、色々あったから、ねぇ」
──鏡の中の世界の裃さんだよな、間違いなく。
仕草や口調が子供っぽいから、こっちの裃さんとの区別はすぐに付きそうだ。
『そうだ、知ってる? まだ知らないよね? 現世の私、まだ話してないもんねぇ』
「……何を?」
一言目が自然とタメ口になったから、それで通すことにする。一応初対面だけど。
『現世の私、橋月君じゃない人を好きになったんだよ!』
「……ああ、そう」
『反応薄い! 思いの外反応薄いねー! 新庄君、現世の私のこと好きなんでしょー?』
「ん、まあそうだけど」
そうは言われても、仕方ないというか。
裃さんが好きになった人が、俺、なんて具合に上手くはいかないだろうし。
そんな素振り、見せてこなかったと思うし。
『……橋月君のこと、言えないと思うよ、君』
「鈍感だと言いたいのかい?」
『わかってるじゃない。ここ最近でよく関わるようになったし、君の可能性もあると思うよ?』
「俺だとしても、俺じゃないとしても、これから起こす行動は変わらないよ」
というか、俺が裃さんのことを好きだってこと、知ってるのか。
いつどこから見られてるかわからないものだな。鏡の中の世界の住人は、どこから見てるんだ、マジで。
『現世の私の好きな人、知りたくないの……?』
上目遣いで言ってくる、鏡の世界の裃さん。
意図的にしてきたのだろう、俺にはそんな攻撃は通用しないぜ!
「上目遣いしても意味ないぜ。そういうのは自然にやるからこそ、効果が高いんだよ」
『ふふ、よくわかってるねぇ。そういう点じゃ、現世の私には負けちゃうね』
そう言いつつも、悔しがらず、楽しそうな鏡の世界の裃さん。ホントに子供っぽいな。
「さっきも言ったけどさ、俺がこれから起こす行動は変わらないんだよ。橋月のことを想ってんなら諦められたけどね、そうじゃないってんなら──俺は、動き始めるぜ」
『へぇ……!』
俺の言葉を聞き、瞳を輝かせる、鏡の世界の裃さん。
そんなに面白いことでもないだろうに。
一応『自分』のことだからだろうか。
『うんうん、いいねぇ。いつから動くのかな?』
「さあな。会話のテーマがなくなり次第、ってところだろうね」
『それはまた、早いねぇ』
わざと大きめに驚いてみせる、鏡の世界の裃さん。
この子と話すの、結構楽しい。
もちろん、こっちの世界の裃さんと話すのとは、違う感覚だ。
ドキドキと、ワクワクの違いっつーか。
「早けりゃ早い方がいいさ。悪いけどドラマ性には期待しないでくれよ、俺はこっ恥ずかしいことが嫌いでね」
『新庄くんの場合、『恥ずかしい』と感じるまでが長すぎるだけじゃないのかな?』
「よくわかってるじゃないか。さすが、俺が惚れた女性の姿をしているだけはある」
『ふふっ、そうだろうそうだろう。……ああ、こんなに楽しいのは久しぶりだ。じゃあ、限界まで『期待して』鑑賞させてもらうよ。じゃあねー♪』
鏡の世界の裃さんはそう言い放ち、くるっ、と俺に背を向け、鏡の奥へと走っていった。
数秒後、映し鏡には、見慣れた俺の姿。
話してこないところから察するに、鏡の世界の俺ではないらしい。
こんな時に出てこないなんて、あいつ、意外と空気を読めるやつなのかもな。
──さて。
「期待しないでくれ、って言ったはずなんだけどねぇ」
あの裃さん、子供っぽいのは口調だけだったな。
ま、いっか。
「そろそろ戻らないと、怪しまれますかね」
居間に戻ろう。
──裃さんのところに、戻ろう。
話したいことが、増えたから。
◆
「あ、新庄君、これだよこれ! 鼎ちゃんが言ってた、美味しいカレーが食べられるレストランって!」
「ああ、駅前のデパートにあるんだっけ」
テレビでは、駅前のデパートの最上階にあるレストランの紹介映像が流れていた。ニュース番組のコーナーらしい。
映像が終わったところで、話を切り出す。
「ああ、そういえば」
なんて具合に、自然を装いつつ。
「鏡の世界の裃さんと話したよ」
「……え!?」
おお、見事に驚いてる。
そりゃそうか、あんな不思議な現象を、他に知っている人がいるなんて思わないだろうし。
「……新庄君、鏡の中の世界のこと、知ってたの?」
「まあね。──と言っても、橋月から教えられて、それで初めて、って感じだけどね」
「──鏡の世界の私から、何か聞いた?」
「聞かなかった、と言えば嘘になるね」
どう誤魔化したってすぐにバレるだろうから、正直に言うことにした。
「橋月じゃない人のことを、好きになった、ってことなら」
「一番大事なこと言ってるじゃない、あの子……」
頭を抱える裃さん。──うん、やっぱりこっちの裃さんが好きだ。
「でも、それ以外は聞いてないよ。誰のことを好きなのか、聞いてないから安心してよ」
「安心、ねぇ……」
複雑な感情なのだろう、難しそうな表情をする裃さん。
『会話のテーマがなくなり次第』なんて言ったけど、早けりゃ早いほうがいいだろう、きっと。
「橋月なら諦められたけどね、そうじゃないなら、俺も名乗りを上げようかな、って」
「……えっと、それって、……ふぇ!?」
ほんのりと顔が紅潮する、裃さん。
『君の可能性もあると思うよ』なんて言葉を、信じてみようじゃないか。
「焦らず、ゆっくりと、ね」
「あ……うん!」
俺の意図が伝わったのか、少しニヤける裃さん。
『ここ最近でよく関わるようになったし』──か。
鏡の世界の裃さん、結構ヒントを出してきていたんだな、と今気づいた。
確かに、橋月のことを鈍感なんて言えないな、これじゃ。
──と、玄関の方から聞き慣れた話し声。
「帰ってきたみたいだね。……裃さん?」
上着の裾を掴まれたので、動けない。
一体どうしたのだろう。
「……き、き」
「き?」
「……期待して、待ってるね。えへへ……」
「──」
顔が火照っていくのがわかる。
今の俺の顔、裃さんに負けないくらいに紅潮しているだろうな、なんて考えてみたり。
「精一杯期待して、待っててよ」
「うん!」
──なんてことも、言ってみたり。
「よし、玄関でお出迎えといこうか!」
「お出迎えだー!」
未だ紅潮したままの顔で、裃さんと一緒に、玄関に向かう。
◆◆◆
今はまだ、お互いぎこちないけど。
きっと、すぐに溶け合うだろう。
◆◆◆
『映し鏡と現世の!』
第12話 『新庄と、裃と。』
◆◆◆




